ふんどしの研究

明治・大正期における水褌の締め方について

Tying methods of "suikon" (Japanese loincloth for swimming)
from the Meiji era to the Taisho era.

ふどし

(ふんどし研究会主宰)

内容梗概

明治・大正期の水泳に関する文献史料を基に,水褌の締め方の異同について考察した。その結果,おおむね締め方は類似しているものの,後部の交差の方法が2種類に大別されることが分かった。また,紐付きの前垂付き六尺ふんどしや,もっこふんどしを水褌として推奨している文献も発見された。

1. はじめに

わが国において,「ふんどし」に関する学術的研究は,いくつかの例外を除き,ほとんど行われていないのが実情である。これは,「着物」に関する研究が膨大に行われていることと対照的であり,実に異常な事態であると言わざるを得ない。

本小論は,明治・大正期における水泳に関する文献に記載されている水褌の締め方について,その異同を考察しようとするものである。水褌(すいこん)とは,水泳に使われる六尺ふんどしのことであり,陰部を2重に覆い隠し,前垂を作らない締め方をするのが特色である。本来は漁師など激しい運動を伴う者が用いた締め方であると思われるが,それが日本泳法を中心に広く水泳用として普及したと推察される。なお,戦前から戦後にかけて,「黒猫ふんどし」の名称で呼ばれた主として子ども用の水泳用ふんどしを水褌と呼ぶことがあるが,本小論とは無関係である。

史料として取り上げたのは以下の6編である。

  • 「水泳術指南」,村田析著,東京:民友社,1904年(明治37年)
  • 「最新水泳教範」,由比要・斎藤六衛著,東京:浜川堂,1910年(明治43年)
  • 「新式水泳術」,斎藤六衛著,東京:東亜堂,1913年(大正2年)
  • 「大日本游泳術」,高橋雄治編,東京:水交会,1919年(大正8年)
  • 「新游泳術」,稲田実著,東京:博文館,1899年(明治32年)
  • 「速成水泳術自在」,古賀円蔵著,東京:大学館,1904年(明治37年)

このうち後2編は先に述べた水褌の定義に当てはまらないが,当時の水泳用ふんどしの事情を垣間見る上で興味深い史料であるため別途取り上げる。

2. 史料に見る水褌の締め方の異同

結論から述べよう。明治・大正期の文献に見られる水褌の締め方はおおむね類似しているが,後部の交差の方法が2種類に大別される。それを図1のA,Bに示す。交差方法Aは,最初に股間を通して腰にまわしてきた横まわしをみつで折り返さずに,その外側で,股間から通してきた前垂を交差させる方法である。一方交差方法Bは,最初に股間を通して腰にまわしてきた横まわしをみつで折り返し,その内側で,股間から通してきた前垂を交差させる方法である。

交差方法A 交差方法B
交差方法A 交差方法B
図1 明治・大正期の文献に見る2種類の交差方法

以下,史料に基づきこのことを検証していく。

「水泳術指南」

村田析は,「水泳術指南」17頁~19頁において,以下のように記述し,図2のような締め方を紹介している。まず,水褌に「ふんどし」のふりがなを当てたうえで,その生地を「薄き木綿或は金巾地にて小巾八尺(鯨尺)のものを良しとす、但し幼年は五尺乃至六尺のものにて充分ならむ。」としている。締め方は,第一図のように「先づ前腹部に(イ)三尺を垂し、之れを股下より臀部に狭みて(ロ)と組合せ、確と締めて左右をとり代え、両端を前三角部に結び込むべし」としている(第二図)。また,ただ締めただけでは水中で緩む恐れがあるため,水中で再度締めなおすのが良いと注意を促している。

この締め方は,第一図の右の図から明らかなように,図1の交差方法Aをとっている。また,成人は通常六尺で足るところを八尺用い,前袋の中で結ぶことにより,解けにくい締め方となっている。なお,余談であるがこの締め方は,結び目が見えないことから和太鼓集団「鼓童」の締め方に類似している。

「水泳術指南」第二図 「水泳術指南」第一図
図2 村田析「水泳術指南」における締め方

「最新水泳教範」

由比要・斎藤六衛は,「最新水泳教範」13頁~14頁において,「水褌の締方」に1節を費やし,図3のような締め方を紹介している。生地については「(一)長さは定寸七尺五寸位、/(二)赤色を最も良しとす」とし,締め方は「圖の如く結び両端を左右に垂らしむ,尚長き時は之れを左右に垂れず前方に於て結ぶ可し。(第二圖)」としている。また,入水前固く結び,水中において解けることのないように,と戒めている。この締め方であるが,欄外におそらく最初の読者であろう,「フンドシノシメカタワカラナイ」という嘆くような書き込みがされている。しかし子細に観察すると,図1の交差方法Aをとっていることが分かるのである。なお,「両端を左右に垂らし」というのは理解しかねる記述である。もし本当にそのようにしたならば,ふんどしの一端を引っ張ることによって簡単に解けてしまうだろうからである。実際には図4のように,横まわしに巻きつけて締め,余りを垂れたのではあるまいか。

「最新水泳教範」第二図 「最新水泳教範」第一図
図3 由比要・斎藤六衛「最新水泳教範」における締め方

横まわしに巻き付けた締め方
図4 横まわしに巻き付けた締め方

「新式水泳術」

斎藤六衛は,「新式水泳術」28頁~32頁において,水褌に(ふんどし)のふりがなを当てたうえで,水褌の締め方に1節を費やし,図5のような締め方を紹介している。生地については,「普通に用ひて便利なるは長さ七尺位の茜木綿である。羽二重が宜い相であるが平民ママはそんな贅澤を言ふ可からず。メリンスは股が摺れていけない。まづ金巾かキヤラコが最も適當らしい。色は白色はどうも汚れつぽくつて好くない。練習生に用ふるには赤色が一番宜い。(中略)長さは七尺内外。なる可くは前で結べる位が良い。」としている。締め方は,「第一圖は後から見た圖で、先づ普通の六尺褌を締めるが如くに後で通し(1)。他の一端を前から持つて来て(2)。両端をしつかり解けぬ様に挟んで置く(3)。」とし,両端が長ければ前で結べば解ける心配は全くないと述べている。また,「第二圖はそれを前から見た所。」とあるが,これは「第三圖」の誤りであろう。「第三圖第四圖」(「第二圖第四圖」の誤りと思われる)は,それぞれ別の締め方で,締めるのは少し面倒だが解ける心配は少ないとしている。

「第一圖」の締め方は,左右が逆ではあるが,明らかに図1の交差方法Bをとっている。「第二圖」の締め方は,「第一圖」のバリエーションとも言うべきもので,「第一圖」がみつをつくる際,縦まわしに内側から絡ませているのに対し,「第二圖」では外側から絡ませている。そうすることで,解けにくくしているのである。交差方法は,Bをとっている。「第四圖」の締め方は解釈が困難であるが,交差方法Aの左右を逆にしたものをとっていると見て間違いないだろう。

「新式水泳術」第二図 「新式水泳術」第一図
「新式水泳術」第三図
「新式水泳術」第四図
図5 斎藤六衛「新式水泳術」における締め方

「大日本游泳術」

高橋雄治編「大日本游泳術」では,42頁において,以下のような締め方を紹介している。まず,「水府流の水褌は、定寸一丈にして、其結び方は力士の廻しと全く同様にし、一端は後に堅く結び、他端は前に垂る」とし,日本泳法の水府流の締め方を図解なしで紹介している。これはいわゆる前垂式の六尺ふんどしの締め方である。

次に,「神傳流にては、定寸七尺五寸のものを、第一圖乙の如く結び両端を左右に垂る。」とし,日本泳法の神伝流の締め方を紹介している。これは,明らかに図1の交差方法Aの左右を逆にしたものをとっている。

最後に,「水府流太田派にては、神傳、水府の両流を折衷し、第一圖の如く、締め方は神傳流に採り、左右に垂れず、後に結びて、前に回はし、又結びて結び残りを垂る。」としている。すなわち,交差方法は神伝流と同一であり,その後後ろで1回結び,さらに前でも1回結ぶという念の入れようである。解ける心配は全くなかったであろうが,今度は解く際に困難があったであろうと推察される,

「大日本游泳術」第一図甲
「大日本游泳術」第一図乙
図6 高橋雄治編「大日本游泳術」における締め方

以上で明治・大正期における水褌の締め方の異同についての史料提示は終わりである。

3. 明治期におけるその他の水褌の史料

以下,史料探索の過程で発見した,明治期における興味深い水褌の史料を紹介する。

「新游泳術」

稲田実は,「新游泳術」26頁~30頁において,ふんどしに「犢鼻褌」の字を当て,図7のような紐付きの前垂式六尺ふんどしを紹介している。製法は「第一圖」のようにし,普通の前垂式六尺ふんどしのように締めた後,紐を2,3回腰に巻きつけて結ぶようにとの指示がある。こうすることにより,いかなる激しい運動を行っても解けることはないとしている

「新游泳術」第一図
「新游泳術」第三図
「新游泳術」第二図
図7 稲田実「新游泳術」における「犢鼻褌」

「速成水泳術自在」

古賀円蔵は,「速成水泳術自在」19頁~20頁において,「畚褌」(もっこふんどし)を水泳用のふんどしとして推奨している。これは,水褌=六尺ふんどし(または黒猫ふんどし)とする従来の定説を覆す貴重な史料である。

「速成水泳術自在」第一図
図8 古賀円蔵「速成水泳術自在」におけるもっこふんどし

4. 考察とまとめ

以上,明治・大正期の水泳の文献に見られる水褌の締め方の異同について検証してきた。先に述べた結論の通り,締め方はおおむね共通しているものの,後部の交差方法に大別して2種類(図1の交差方法A,B)が認められた。このうち,交差方法Bに触れているのは「新式水泳術」ただ1編のみであり,他はすべて交差方法Aをとっている。これは,交差方法Aの方が,交差方法Bよりも緩みにくいという理由によるものであろう。また,余りの始末の方法として,前にまわして結ぶことを推奨している例が散見された。もっとも甚だしいのは「大日本游泳術」で,後部で1回結び,前にまわしてまた1回結ぶといった念の入れようであった。いかに当時の水泳家たちが水褌が解けるのを恐れていたかが分かろうというものである。

また,本小論では,本題とはかけ離れるが,2編の興味深い史料を発見することができた。第1編は「新游泳術」であり,これは紐付きの前垂式六尺ふんどしを水褌として推奨しているのもであった。第2編は「速成水泳術自在」であり,これはもっこふんどしを水褌として推奨しているものであった。これは,水褌=六尺ふんどし(または黒猫ふんどし)とする定説を覆す発見であった。

本小論の課題は,参考にした史料の少なさにある。明治・大正期は,わが国の近代水泳が確立していく時期であり,無数の水泳書が出版されているはずである。その中には当然水褌の締め方の記載があると思われる。願わくば後続研究において,新たな史料が発掘され,結論が塗り変えられることを望む。

2011年8月15日 初版発表

本小論の史料のうち,「水泳術指南」,「最新水泳教範」,「新游泳術」,「速成水泳術自在」の4編は,国立国会図書館近代デジタルライブラリーにおいて閲覧複写したものである。