質問1.年齢 |
回答者の平均年齢45.3歳 |
質問2.性別 |
回答人数4名。全員男性。 |
質問3.職業 |
年金生活者,会社員,その他,中学生,各1名 |
質問4.居住地 |
海外,大阪府,各1名,東京都2名 |
質問5.初めてふんどしを締めたときのエピソードを具体的に教えてください。 |
子どもの頃,「いなかっぺ大将」を見て,たんすにあった布を失敬して越中ふんどしを作って締めてみました。小さいなりに興奮して締める前から勃起していたのを強烈に覚えています。
当時では珍しかった男子だけの小学校だったので年一回、四年生以上全員での相撲大会が行われました。この時初めて六尺ふんどしを締めることになり、祖母が慣れぬ手つきで体に巻きつけて呉れたものの、いざ相撲場で裸になった時には、すっかり緩んでしまっていました。友達に、最初から締めなおしてやると言われ、土俵下ですっ裸にされて近所の小母さんたちの目線を感じながら、きっちり締まった六尺ふんどし姿にやっとなれました。子供心にも一寸恥ずかしい気持でしたが、六尺ふんどし一つになった緊張感一杯でこれまでにない上ずった感覚に襲われたのを覚えています。 相撲大会での六尺ふんどしデビューとのこと,貴重な体験談をありがとうございます。ほろ苦い体験だったようですが,今では良い思いででしょう。
高校生のとき、褌を締めたい一心で、越中褌を自作しました。 高校時代からふんどしを常用されていたわけですね。うらやましい限りです。
小学校6年生の時に交通事故で足を複雑骨折。1ヵ月半入院しました。 交通事故にあわれて大変でしたね。T字帯でのふんどしデビューとなったわけですが,子どもにとっては特段意識するものではないのかもしれません。
中学生になってすぐ、中1の4月に地元のお祭りで六尺褌デビューしました。 お祭りでのふんどしデビュー,かっこいいですね。チンコがたっちゃったのは,興奮したのもあると思うけど,ふんどしの締め心地が超気持ちよかったのもあると思うよ。 |
質問6.その後思い出に残っているふんどしのエピソードを具体的に教えてください。 |
30代の終わり頃だったと思いますが,初めて海で赤の六尺ふんどしで泳ぎました。正直人前でふんどし姿になるのは勇気が要りましたが,意外と他人は無関心なものでした。一日中泳いだり日光浴したりして,しっかりお尻にTの字の日焼け跡を付けてきました。
日本が第二次世界大戦に敗れた1945年8月15日、たまたま学徒動員で働いた軍事工場が休みの為、友人と二人近くの海へ泳ぎに行っていました。昼近く泳ぎ疲れて浜辺で寝そべっていたところ、小父さんたちがやってきて、お前たちなにをやっとるのか、これから天皇陛下の玉音放送があるとゆうのに、ふんどし一丁の格好でいるとは何事だ、と怒鳴られて、尻を思いっきり叩かれました。慌てて服を着ようとしたのですが、六尺ふんどしの結び目が濡れていてなかなか解くことが出来ず、そのままじっとり濡れたふんどしの上から服を着て,近くの網元の家でラジオを聴くことになりました。敗戦の悲しい知らせと共に六尺ふんどしの湿った肌触りが伝わってきて、何とも言えない情けない思いに包まれたことを思い出します。 敗戦の日の六尺ふんどしの思い出です。貴重な証言をありがとうございました。
今から六年ほど前、ハイキングコースを歩いていると山道の向こうから数十人の、白褌一丁の集団がぞろぞろやってきて、びっくり。 ふんどしの前垂れが凍り出すほど寒い禊ぎに参加されたのですね。
80年代は武田久美子、盛本真理子、宮沢りえといったグラビアアイドルのふんどし姿に当時強烈な印象を受けました。 宮沢りえのふんどしは私も覚えています。
女の子に気に入られたのが嬉しくて、お祭り以外でも六尺褌を締めるようになりました。 りょうた君が呼び水となってふんどしで泳ぐ人が増えたみたいだけど,それはりょうた君のふんどし姿がかっこ良かったからだと思うよ。 |