ふんどしの証言

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証言番号

証言 11: 2015/10/15
ハンドルネーム
年齢 性別 職業 居住地
39歳 男性 会社員 千葉県
表題
褌について
本文

☆褌との出会い→26歳の時にネットで見て。越中褌や六越褌、もっこ褌も試したが、最終的に六尺褌と黒猫褌に落ち着いた。褌かっこいいと思ったのが興味を持ったきっかけ。それからはこの六尺と黒猫を家で締めるようになった。

☆28歳で九十九里の海水浴場で白六尺で初めて褌で泳いだ。家で締めるうちに海でも褌で泳ぎたいと思ってはいたものの、多くの海水浴客のいる海水浴場で褌になるのはかなり恥ずかしかったが、時間だけ過ぎていくし更衣室に入ってから結構時間が経っていたので、白六尺締めてから思い切ってそのまま更衣室を出て砂浜歩いて海に入った。後ろはお尻丸出しで前も必要最低限しか隠してないので、移動中、恥ずかしさと見られて興奮が入り混じってドキドキした。ちなみに、移動中に「スゲー!海にフンドシがいる!」とか声が聞こえたり、褌カッコいいと声をかけられたり、どこで売ってるの?と聞かれたりした。そのあとは普通に砂浜歩いて海の家で買い物したりして、恥ずかしさとかはなかった。

☆それからは5月~9月頃まで、海で六尺や黒猫で泳いでいます。九十九里以外だと千葉県内だと銚子や勝浦、館山、富津、県外だと神奈川県三浦で泳ぎました。いずれは沖縄や南の島のキレイな海で褌で泳ぎたいです。

☆褌は白を基本に色物、柄物など種類も豊富で、濡れても外に干しておけば短時間で乾くなど、本当によくできてると思います。このHPをきっかけに、褌を締める人が増えて欲しいですね。

運営者より
誠さんこんにちは。はじめて褌を締めて海で泳ぐときは,結構ドキドキするものですね。でも,案外周囲は見て見ぬふりをしたりするもので,かえって拍子抜けしたりするものです。でも,誠さんは声をかけられたりしたのですね。私の時はそんなことはありませんでしたが,都心に近いところと地方とでは事情が違うのかもしれませんね。これからもよろしくお願いします。

証言 12: 2016/02/07
ハンドルネーム
海どじょう
年齢 性別 職業 居住地
64歳 男性 年金生活者(兼団体職員) 山口県
表題
褌の自分史
本文

以前、小中学校時代に六尺褌で泳いでいた経験を掲載していただいた、海どじょうと申します。

私の両親が生前隠居所にしていた離れで、整理タンスの中を整理していたところ、小中学校時代に締めていた50年以上前の褌を見つけました。画像を添付して、私が褌で泳いできた経験を、少し書いてみたいと思います。なお、写真の六尺褌は、いずれも四つ折りにした状態です。

画像向かって左端、藤色の褌が、小学生4年生の時、祖母から六尺褌の締め方を教えてもらった時に使った褌です。戦前、私の叔父が廣島の私立小学校の水泳部で、練習の時使っていたという曰く付きの物で、幅12cm弱、長さは約220cmあり、片耳だけが幅3㎜幅で縫ってあります。

藤色褌の右隣にある白褌は、中学2年生の時の臨海水泳訓練で締めたのと同じ寸法で作った物で、現在も近くの寂れた海水浴場で泳ぐときに使用しています。白の新モスを半分に裂いただけの物で、幅約18cm、長さ220㎝で、両耳は縫ってありません。この褌を締めたときが、一番泳ぎやすくて調子が出ます。

その右隣の赤褌は、中学2,3年生の時、学校のプールでの水泳訓練で締めていた実物です。二夏使っているうちに伸びてしまったので、左隣の白褌に比べて少し細く見えます。赤の新モスを半分に裂いただけの物で、使い始めたときは幅18cm、長さ230cmでしたが、両耳が縫ってないために、使い込んでいるうちに布が縦に伸びて、幅17cm弱、長さ235cm弱になってしまっています。

一番右端の幅広の白褌は、夏に通っている水術の道場で、稽古をするときに締める褌です。この道場では、成人科の男性は新モス全幅の白六尺褌で稽古することになっていますが、私は体質的に股ずれが出来やすいので、特にお願いして25cmの褌を使っています。この白褌は、「ふんどし屋」さんの「ゆかたさらし」という生地で、特に幅25cm、長さ260cmで作ってもらった物で、両耳が幅5ミリ弱で縫ってあります。もう1本のいつも稽古で使う方の褌は、稽古場の池の水に染まって、薄い黄土色になっています。

小学4年生のときから約55年間、六尺褌を水着にして泳いできた私は、赤六尺褌が学校指定水着だった中学校のとき、水に濡れたら透けて見える白褌で泳がされた臨海水泳訓練の宿舎で、当時の体育教官が、就寝前の雑談中に、中学2年生の僕たちに向かって言われた、

  1. 早く、遠くまで泳ぎたいのなら、なるべく幅の狭い、薄手の六尺褌を締めろ。
  2. 長時間泳ぐときの褌は、耳の縁縫いはせずに切りっぱなしにしておけ。耳を縁縫いしておけば褌は長持ちするが、股ずれが出来やすくなるからな。
  3. 泳いでいる途中で褌が緩んできて解けて、足に絡まったらおぼれてしまうぞ。
    手を使わずに立ち泳ぎが出来て、足が立たないところでも褌を締め直せる技量に達していない者は、水に入って褌が濡れたら、最初に水から上がったところで必ず褌をほどいて堅く締め直せ。
    その後も訓練中に褌が緩んできたなと感じたら、速やかに指導者に申告して、水から上がって褌を締め直せ。
  4. いったん六尺褌一本で泳ぐと決めた以上は、他人(特に女子の同級生)に見られて恥ずかしいという様な素振りをするんじゃないぞ。
  5. 手で前を隠そうとしたり、猫背になったりせずに、男らしく常に堂々と胸を張って行動しろ。
という四つが、結局六尺褌一本で泳ぐときの基本的な心構えではないかと、最近つくずく思う様になりました。

褌の自分史(小学4年から65歳まで)
褌の自分史(小学4年から65歳まで)
運営者より
海どじょう様こんにちは。貴重な写真資料を添えてのご投稿,誠にありがとうございます。水泳用六尺褌が現役として用いられいた時代の,褌そのものの写真,規格や材質についての情報,および使用されたご本人の使用感,ならびに当時の教育・社会的背景に関する証言まで,第一級の資料をご提供いただいたものと考えております。末永くサイトに掲載するとともに,何らかの方法で永久保存することを考えたいと思います。深く感謝いたします。

証言 13: 2016/02/18
ハンドルネーム
海どじょう
年齢 性別 職業 居住地
64歳 男性 年金生活者(兼団体職員) 山口県
表題
褌の自分史(その2 小学生時代)
本文

2月上旬に、褌の画像付きの「褌の自分史」を掲載していただいた海どじょうです。

前回の補足もかねて、小学生時代の褌と水泳(水遊び)の経験を少し書いてみます。

私は昭和32年に、瀬戸内海沿岸の干拓地にある小学校に入学しました。

私の地元は、当時としては大規模経営の農家が多く、比較的豊かで先進的な篤農家が多い農村でしたが、それでも当サイトの「読者の広場」に「越中褌のツギ」として書きました様に、日常生活はきわめて慎ましいものでした。

私の小学生時代は、まだ集落ごとの子供組(官製の子供会ではなくコミュニティの一構成部分としての、男女別の自主活動小学生集団)が機能していましたが、集落の前にあるN川(一番広いところで水面の幅は20mくらい)で、子供組の一員として水遊びが出来るのは、3年生以上という不文律がありました。

小学1,2年生の頃は、3年生以上のお兄さん達が楽しそうに水遊びをしているのを堤防の上から眺めていました。この頃は、水遊びしている男の子の1/4くらいがお下がりの水泳パンツ、半分くらいが下着の白ブロードのパンツ、残りの1/4くらいがキンツリ(黒猫褌)か白や紺の細い六尺褌を身につけていました。

3年生の夏休み、瀬戸内海の岸近くにある担任の女先生の家に、級友4人と一緒に初めて子供だけでバスに乗って遊びに行きました。お昼をご馳走になってから、先生の家近くの海岸に遊びに行くことになりましたが、私たち子供5人は誰も水泳着の支度をしていなかったので、女先生が海の近くの万屋で、1枚10円の上等子供用キンツリ(黒猫褌)を私たち全員に買ってくださいました。

それまで下着の白ブロードパンツで、水に入るとパンツがずり下がるのを気にしながら水遊びをしていたので、チンチンとタマを隠すだけの布しかない極小キンツリは、子供心にも最初少し気恥ずかしかったけれども、いざ海に入って水遊びをしてみると、ずり下がるのを気にしなくて良いうえにとても動きやすくて、5人全員がすっかり気に入ってしまいました。

この水遊びの時、女先生の息子(小学6年生)が、細身の白六尺褌一本で、足のつかない沖の方で抜き手を切って颯爽と泳いでいるのを見て、私は「かっこいいな~。あんな褌を締めて泳ぎたいな。」と思いました。

4年生になると、学校の近くの大きなF 川(水面の幅は50~60m)で行われる水泳訓練に参加することになりました。以前の証言に書きました様に、この訓練では担任のM先生(6年間で唯一の男性担任、元陸軍飛行中尉)のすすめで、4年生男子の成績上位者6人は、幅12~18㎝の六尺褌を締めて訓練を受けました。

水泳訓練が始まる前に、M先生から水泳訓練を六尺褌一本で受ける様に勧められたとき、そのことを祖母に話すと、私を「日本男児」らしく文武両道に育てたかった祖母は、手を取って六尺褌の締め方を教えてくれました。

このとき最初に祖母から渡されたのが、前回の投稿写真にある藤色の細い褌です。この褌は、どうも「ツイル」という洋生地だった様で、新モスよりもやや厚く硬めの生地で、小学4年生の私にとっては、締めにくいものでした。この藤色褌で、締めては解いて、きちんと一枚布の形に広げてまた締めるという練習を連続7、8回もやらされて、それでもうまく締められる様にならないので、半べそになった私をかわいそうに思ったのか、祖母はより薄手で柔らかな白新モス生地を縦に3等分して、幅12cm弱、長さ220cm弱の新しい六尺褌を3本作ってくれました。

それ以来私は、小学校を卒業するまで3年間、学校での水泳訓練でも、自宅の前のN川での水遊びでも、ハイカラ趣味の母親が見ていないときは、いつもこの白六尺褌一本で泳いでいました。私が六尺褌一本で泳ぐのを嫌った母は、綿100%メリヤスで紺色の水泳パンツを買ってきて、泳ぎに行くときは必ず着用に強制しました。

しかし綿メリヤスの水泳パンツは水に濡れると重いし、川で水遊びをしていると股のところ(はっきり言えば金玉の下回り)に砂や泥がたまって気持ちが悪いので、川への行き帰りだけ白褌の上に水泳パンツを穿いて、川では六尺褌だけで水遊びをしていました。

1/3幅の六尺褌でも、長時間水遊びをしていれば、前袋の下のところに泥や砂はたまりますが、その頃には褌が緩んでくるので、一度褌を解いて一枚布の形に戻してから締め直さざるをえず、そのときに自然と砂や泥を洗い落とすことになるので、水泳パンツに比べて六尺褌の方がずっと快適でした。

学校の水泳訓練でも、六尺褌一本で泳ぐ同級生は全員、当時の綿の混紡率が高い水泳パンツは水に濡れると重いし、今のスタンダードブリーフと同じようなデザインなので、水に入るとブカブカしてお尻が浮いて泳ぎにくいと言って、6年生になるまで六尺褌を愛用し続けていました。

1/3幅の六尺褌は、水に濡れると少し緩んできて、水から上がると前袋が弛んで来るので、前屈みになると横に出来た隙間からチンコと金玉が見えそうになることもありました。でもこのチンチラは、気がつく都度こまめに褌を増し締めしていれば、特に中身がはみ出すほどにはならなかったので、私たち褌愛用の6人は特に恥ずかしいとは思っていませんでした。

この小学生時代の経験が、私が水着として六尺褌を使い続ける原点になったのです。 また機会があれば、今度は中学生時代の経験も書いてみようと思っています。

運営者より
海どじょう様こんにちは。小学生時代の褌と水泳(水遊び)の経験について,貴重な証言をお寄せいただき,どうもありがとうございます。昭和30年代(1950年代後半~60年代前半頃)の水泳用の褌の事情や,その社会・文化的背景,および当時の子どもたちや親の世代の褌に対する心理が詳細にわかり,大変貴重な資料となるものと考えます。今後とも是非,貴重な証言をお寄せ下さい。よろしくお願いします。

証言 14: 2016/03/26
ハンドルネーム
海どじょう
年齢 性別 職業 居住地
65歳 男性 年金生活者(兼団体職員) 山口県
表題
褌の自分史(3 小学生の水着の変遷)
本文

前回小学生時代に褌で泳いだり水遊びをしていた経験を書いた海どじょうです。

今回は昭和32年から昭和37年までの間に、小学生男子の水着から、急激に六尺褌や黒猫褌(当地ではキンツリと呼ばれていた)が駆逐されていくのをつぶさに見ていた経験を書いてみます。

昭和30年代前半は、まだ化学繊維が高価だったので、男の水泳パンツも女のワンピース水着(スカート付き)も、綿100%か綿に20%くらいナイロンが混じった生地が普通で、高級品には毛100%のものもありました。

私の住んでいるような農村地帯では、私が小学1、2年生の頃の男の子の水着は、水泳パンツが30%足らず、六尺褌(ガキ大将や水泳の上手い子専用)やキンツリが25~30%、残りは下着用の綿ブロードの白デカパンの古くなったものを穿いているといった感じで、六尺褌は地元で運動能力的に一目置かれている子専用で、すでに全体から見れば少数派でした。

ちなみに女の子は、高学年になると大きなスカートのついたワンピース水着が70%くらいでしたが、低学年の子はまだ下着のズロース1枚か、ズロースの上に下着のシミーズを着ているだけの子が半分くらいいた記憶があります。

学校近くの大きいF川で水泳訓練を受ける様になった小学4年生の昭和35年当時、同学年男子30人の水着は、前回書きました様に、学級委員の6人だけが六尺褌で、それ以外はキンツリの上に指定体操服であるデニム地の白短パン(股下10cm足らず)を穿いた子が5人いた以外は、残り全員が当時市販されていた白ベルト付きの純綿かわずかにナイロンが入った水泳パンツを穿いていました。

5,6年生男子(2学年で70人強)の中で六尺褌を締めていたのは、学校内で誰もが認めるガキ大将と折り紙付きのヤンチャ坊主の10人足らずで、4年生だけ成績優秀者全員が六尺褌を締めていて、上級生は不思議に思っていたようです。

5年生になったときも、私達の担任だったM先生と教務主任のT先生が、「男子は出来るだけ六尺褌を締めて水泳訓練を受ける様に。」と強く推奨されたので、新4年生の成績優秀者も4人くらいが六尺褌で水泳訓練に参加していましたが、キンツリの上に体操服である白短パンを穿く子は5年生に2人残るだけで、残りは全員水泳パンツを穿いていました。

この頃の水泳パンツは、今の化繊100%のものと違って、新品でも水に濡れると伸びて肌に密着しなくなる上に、上の子からのお下がりだと生地が伸びきってダブダブで、準備体操で体側や後屈の運動をすると、脇からチンコや金玉がのぞいてしまう子がかなりいて、六尺褌一本の私達6人よりもむしろガードは甘くなっていました。

6年生になると、校長先生と教務主任のT先生が転勤されたためか、水泳訓練で男子は六尺褌を着用する様に推奨されることもなくなり、私の弟がいる4年生は担任の先生がハイカラさん(音楽の授業では私物の高級アコーディオンやフルートを使っておられた。)だったこともあって、4,5年生は全員水泳パンツ着用になって、六尺褌一本で水泳訓練を受けるのは、6年生の学級委員の常連6人だけになってしまいました。

一緒に六尺褌一本で水泳訓練を受けていた仲間のA君が、6年生の夏に一度だけ、中学校水泳部員のお兄さんからもらったというナイロン100%の黒競泳用パンツを赤褌の上に穿いてきたことがありますが、やはり少しサイズが大きすぎた様で、泳いでいるとお尻に水と空気がたまってブカブカして泳ぎにくいといって、訓練の途中で水泳パンツを脱いで赤褌一本に戻ってしまいました。

私の住んでいる集落でも、私が4年生の時は6年生のガキ大将が赤六尺褌で泳いでましたが、ガキ大将が中学生になって青年団候補生として行動するようになると、子供組男子の中で、六尺褌で泳いだり水遊びをするのは私だけになってしまいました。

弟は、私が白六尺褌一本で泳ぎ続けるのを不思議に思っていた様なので、一度だけ白六尺褌を締めてやって褌一本で泳がせたことがありますが、確かにダブダブの純綿の水泳パンツを穿いているときより泳ぎやすいけれども、ほかの子の前で、チンコと金玉を最低限隠しただけのお尻丸出しは恥ずかしいといって、結局褌一本で泳ぐ仲間にはなってくれませんでした。

このように、私の住んでいる様な瀬戸内沿岸の農村でも、わずか6年の間に男の子の水着として水泳パンツが急激に普及して、水着としての六尺褌は急激に駆逐されていったのです。

ただ、成人男性の下着が越中褌からブロードの白デカパンに切り替わってゆくのは、昭和40年代に入ってからとなります。

運営者より
海どじょう様こんにちは。小学生時代に褌が水泳パンツに移り変わっていく様子を詳細に記述して下さいまして,どうもありがとうございます。なるほど昭和30年代が,ふんどしが小学生の水着として用いられなくなっていくターニングポイントであったことが良くわかりまます。大変貴重な証言をありがとうございました。今後ともよろしくお願いします。

証言 15: 2016/05/07
ハンドルネーム
海どじょう
年齢 性別 職業 居住地
65歳 男性 年金生活者(兼団体職員) 山口県
表題
褌の自分史(4 中学での「六尺締め方講習会」)
本文

海どじょうです。今回は、赤六尺褌が男子生徒の学校指定水着だった、私が通った国立大学附属中学校での経験を書いてゆくことにします。

昭和3、40年代の山口県では、中学、高校の男子生徒は、校則で坊主頭が強制されていました。私は、2歳の時に縁側から落ちて靴脱ぎ石で頭を切った為に、当時はまだ後ろ頭に大きな傷跡が残っており、坊主頭にはなりたくありませんでした。

我が家から通学可能(バスで片道50分)だった国立大学の附属中学校は、当時市内でただ一校男子の長髪が許されていると教えられたので、躊躇なく入学試験を受けて幸運にも合格(倍率3倍弱)することが出来ました。

昭和38年4月、この附属中学校に入学したとき、校舎の裏に7コースの立派な50mプールがあるのを見て、「こんな大きなプールがあるのなら、きっと体育ではみっちり水泳で鍛えられるのだろうな。あんな立派なプールで泳げるのなら素敵だし、しっかり頑張らなくては。」と思いました。しかし、6月初めプールの水が入れ替えられても、一向に水泳の授業は始まりませんでした。

6月下旬に体育の座学が終わったところで、体育教官のH先生が、

「本校の水泳の授業は、一学期の期末試験終了後に、1週間の短期集中で行うことになっている。校舎裏の50mプールは大学のもので、1週間だけ貸してもらうのだから、水を汚さないために、男子の水着は布地の面積が必要最小限度になる赤の六尺だけとしている。ほとんどの者は六尺というのを聞くのも見るのも初めてだろうが、こんな細長い赤い一枚布だ。使い方については、期末試験前の体育の時間に1時限使って教えるから、それまでに丸屋かSスポーツで購入しておくように。確か1枚60円のはずだ。」

と言って、私が小学校時代に締めていた白六尺褌よりかなり幅広の赤六尺褌を、C・D組の男子生徒44人に示されました。

その後で、小学校時代に六尺褌一本で泳いでいた経験者の調査があり、私を含む瀬戸内海近くの田舎の小学校出身者4名と、附中の近くにある小学校(校区内の所得格差が大きいため指定水着が赤六尺褌)出身者4名、ボーイスカウトの水泳訓練で六尺褌で泳いだ経験者3名の計11名が、「六尺組」として、これから行われる「六尺締め方講習会」で助手を務めるように命じられました。

以前の「褌の証言」に書きましたように、H先生は海軍式の締め方を教えたかったようですが、私達講習助手11名の六尺褌の締め方が全員陸式だったのと、未経験者にはより手軽に締め込み方を教えやすいというN先生(体育副主任)の主張もあって、結局六尺未経験者には陸式の締め方を教えることになりました。

7月初め、期末試験直前の体育の授業1時限を使って、C・D組の男子のうち六尺褌未経験者33名を対象にして、校舎の屋上で「六尺締め方講習会」が行われました。教えるのは、体育教官でC組担任でもあるH先生と、私達六尺組6人が属するD組担任のT先生(数学)、教務主任のM先生(理科)の3教官に、講習助手を務める「六尺組」の生徒11人でした。

まず3人の先生方が、生徒44人の前で、白体操服(白開襟シャツと白の長ズボン)の上から、半幅の黒六尺褌をゆっくり締めて見せられた後で、今度は講習助手の私達「六尺組」11人が、未経験者3人ずつを受け持って、最初は少し恥ずかしかったけれども、目の前で素っ裸になって赤褌を締めて見せました。

赤褌一本になった私達の姿を間近に見て、六尺未経験者達は、水泳パンツに比べて体を覆っている布地の面積が余りに少ないことに驚きと不満の声を上げましたが、校内で一番厳しいM先生に、

「男が何をピーピー言っている。男子の水着は、チンコと金玉と尻の穴が一応隠せる六尺フンドシ一本で十分だ。水に濡れたら透けて見える白フンドシでないだけでもありがたいと思え。文句を言うものは、フンドシなしの全裸で泳がせるぞ。」

と一喝されて、全員がシュンと黙ってしまいました。

その後、生徒全員が全裸になって、六尺褌を一から締める練習を繰り返しました。2回締め方の練習をしたところで、少し体操と全力ランニングをして、体を動かしただけで褌がどのくらい緩むかを体験しましたが、未経験者の中には、褌が緩んでずり落ちかけるものがかなり出てきました。その後、もう2回全員が裸での締め方練習を行い、どうにか六尺未経験者全員が、一番厳しいM先生から「お前のフンドシの締め方は、概ね可とする。」という合格点をもらうことが出来ました。

最後にH先生が、「これはおまけだ。裸でちゃんと六尺が締められるようになってからだが、こうすればチンコと金玉を見られずに六尺を締めることが出来るぞ。」と言って、パンツの上端を少し下にずらしただけで、パンツを穿いたまま六尺褌を締める方法を実演してくださいました。

3先生からは、水泳の授業が始まる前までに、自宅で少なくとも10回は六尺褌を締める練習をするように、できれば風呂場で練習して、水に濡れたら褌がどのくらい緩むかを体験し、濡れた褌を外して一から締め直す練習もしておくようにと厳しく指示されました。

しかし、六尺未経験者の多くはこの全裸になっての締め方練習をおろそかにして、パンツを穿いたまま褌を締めることばかりを練習していたようで、いざ水泳の授業が始まると、悲惨なことになるものが続出しました。

運営者より
海どじょう様こんにちは。中学生時代の「六尺締め方講習会」の詳細な様子を証言していただき,誠にありがとうございました。海どじょう様の証言が貴重なのは,褌が学校の水泳着として用いられていた,おそらく最後の世代の証言であると思われるからです。おそらく昭和40年頃を境に,急速に褌が学校現場から姿を消していったのではないかと推測しております。今後ともよろしくお願いします。

証言 16: 2016/05/10
ハンドルネーム
海どじょう
年齢 性別 職業 居住地
65歳 男性 年金生活者(兼団体職員) 山口県
表題
褌の自分史(5 中学での「六尺締め方講習会」補足)
本文

5月7日に「六尺締め方講習会」の記事を掲載していただいた海どじょうです。

先日の記事を読み返してみるて、いくつか補足しておいた方が良い基礎的な情報を思い出しましたので、追加させていただきます。

1 附属中学校指定の赤褌

私が通っていた附属中学校で、男子の水着として指定されていた赤褌は、幅15~16㎝、長さ約220㎝(鯨尺の5尺8寸)の六尺褌で、生地は木綿ですが、手元に残っている切れ端からみると、晒しや新モスといった和風の生地ではなく、薄手のブロードかキャンブリックといった洋生地ではなかったかと思われます。

学校指定の運動具店は2店あって、大手のSスポーツではエンジ色の褌を、丸屋運動具店では鮮やかな赤色の褌を、両店とも1本60円で販売していました。

「六尺締め方講習会」で助手を務めた「六尺組」11人のうち、ボーイスカウトでの褌水練経験者を除く8人は、体育教官のH先生から、「お前たちのように家でも褌で泳ぐのなら、日焼けしたとき丸屋の赤フンの方が見栄えが良いぞ。」という薦めにしたがって、鮮やかな赤色の褌を購入しました。

ちなみに、当時まだわずかに販売されていた黒猫褌の価格は、大人用の上級品(水泳パンツの下にサポーターとして着用)で1枚40円くらい、子供用の粗悪品なら1枚5円、普通品で10~15円くらいでした。

2 六尺褌を締めるに当たっての注意事項

「六尺締め方講習会」で、体育教官のH先生が六尺褌未経験者に指導されたことをいくつかあげてみます。

  • (1)褌の横ミツは、必ず腰骨のわずか上に締めること。腰骨より下に締めると、水に濡れたとき下にすっぽ抜けてしまうぞ。
  • (2)前袋の上端は、ヘソのすぐ下に来るように締めること。ヘソの下指の幅2本分位までを限度とする。
    前袋の上端をチンコが隠せるギリギリの位置まで下げて締めると、しっかり泳ぎ込んで前袋が細くなったときチンコがはみ出すことになるからな。
  • (3)褌は、腹が痛くならない程度に、出来るだけきっちり締めること。横ミツもそうだが、尻のところの縦ミツもしっかり肌に密着させておかないと、陸上で運動しただけでも、前袋が緩んでくるからな。
  • (4)乾いた褌で水にると、濡れた褌は生地が伸びて緩んでくるから、必ずすぐに締め直すか、せめて後ろの巻き付けを緩めて増し締めだけでもすること。緩んだままで泳いでいると、やがて褌が解けてくる。解けた褌が足に絡まったら溺れてしまうから、面倒くさがらずに、褌が緩んできたと感じたらこまめに増し締めだけでもすること。

3 「六尺締め方講習会」後に指導助手の「六尺組」が指示されたこと

「六尺締め方講習会」では、六尺褌未経験者全員が全裸になって、一から六尺褌を締める練習を4回繰り返して、校内一厳しい教務主任のM先生の点検を受けた上で、「お前たちの褌の締め方は、概ね可とする。」と合格判定をしてもらいました。しかし、私達「六尺組」の目から見ると、あんな締め方では、水に入って泳ぎ始めたらすぐに褌が緩んで、ずり下がったり解けてしまいそうな者が10人近くいました。

「六尺締め方講習会」終了後、指導に当たられた3人の先生は、「六尺組」11人を呼び集めると、まず指導助手を務めた労をねぎらってくださったあとで、

「お前たち六尺フンドシを締めなれた者から見れば、あんな締め方では不安だと見えた六尺褌未経験者がかなりいたと思う。

実際に水泳訓練が始まって、訓練前に六尺フンドシを締めるとき、君たちが六尺褌未経験者の締め方に不安を覚えても、決して堅く締めるように注意したり締めるのを手伝ったりするのはしないでおいてくれ。

今日最後に、家で10回はフンドシを締める練習をするように指示したが、ほとんどの者は、チンコや金玉を見られないようにパンツを穿いたままでフンドシを締める練習ばかりしてくるはずだ。泳ぐ時にはフンドシをキチンと締めておかないと、すぐにフンドシが緩んで解けてくることを実地に体験させないと、六尺褌未経験者がキチンとフンドシをしめるようにならいことは、先生達にはよく分かっている。

水泳訓練中にフンドシが解けて締め直すことが必要になった者については、君たち六尺組に補助してもらうが、初日の着替えの時には、決して口を出したり手を貸したりしないでくれ。頼んだぞ。」

と、思いがけない指示を出されました。

僕たち六尺組は、それは厳しすぎると思って先生方にそのことを言おうとしましたが、それを察したH先生が、

「君たちの言いたいことはわしらにもよく分かっている。しかし、こうするしかないのだ。今日は全員ご苦労だった。これにて解散!」

と言って、話を打ち切ってしまわれました。

上に書いた我々「六尺組」に対する先生方からの指示は、実際に水泳訓練が始まった時、六尺褌未経験者にどのようなことが起こるのかを暗示していました。

実際に水泳訓練が始まってみると、私が予想したほどではありませんでしたが、プールから上がるときに褌がずり落ちたり、泳いでいる最中に褌が解けたりする六尺褌未経験者を、本当に目にすることになりました。

運営者より
海どじょう様こんにちは。中学生時代の「六尺締め方講習会」について,補足説明をどうもありがとうございます。当時運動具店で売られていた水泳用褌の仕様や価格,褌の締め方について当時の先生方が注意されていたこと,はじめて褌を締めた生徒の事情などなど,まるで手に取るようにわかる多くの貴重な証言をいただき,大変感謝しております。永久保存する方法がないか,真剣に検討したいと思います。今後ともよろしくお願いします。

証言 17: 2016/05/22
ハンドルネーム
海どじょう
年齢 性別 職業 居住地
65歳 男性 年金生活者(兼団体職員) 山口県
表題
男子生徒の水着をなぜ六尺褌にするのか
本文

「ふんどしの証言」頁に「褌の自分史」を掲載していただいている海どじょうです。

「褌の自分史」に書きましたように、私が六尺褌一本で小中学校の水泳訓練を受けていた昭和35年から昭和40年にかけては、男の子の水着が急速に水泳パンツに移行して、六尺褌で泳ぐ者が急速に減少していった時期に当たります。

このような時期に、私の通った田舎の小学校や国立大学の附属中学校で、体育主任の先生方があえて男子の水着として六尺褌を推奨される際に、私達生徒に向かって言われていた理由付けを、記憶している限り書いてみます。

1 田舎の市立小学校のM先生とT先生

この小学校では、学校の近くの大きな川で水泳訓練が行われていました。

  • (1)万が一溺れそうになったとき、救助するのに便利である。
    (私は、家の近くの川で水遊びしていて深みにはまりかけたとき、投網を打っていた高校生に、締めていた白褌の後ろ縦ミツをつかんで引き上げてもらった経験があります。)
  • (2)平泳ぎのカエル足の練習をさせるとき、後ろミツのT字型のところをつかむと指導しやすい。
    (私はそのような指導を受けたことはありませんが、女子にカエル足の指導をされるとき、女子生徒の腰に白い帯を巻かせているのは見たことがあります。)
  • (3)白褌や黄色や水色といった明色系の褌を締めていれば、当時の黒や紺の水泳パンツに比べて、水中での監視が容易である。

2 国立大学の附属中学校のH先生とM先生

この中学校では、大学所有の50m・7コースの公認プール(戦前建設)を借りて水泳訓練が行われていました。現在のプールのような、完備した機械的水質浄化装置や入水前後に浴びるシャワー施設がなかったため、もっぱら塩素剤と明礬の投入で水質を維持していました。

  • (1)万が一溺れそうになったとき、救助するのに便利である。(表向きの理由)
  • (2)犬かきや平泳ぎの指導の際、後ろミツのT字型のところをつかむと教えやすい。(表向きの理由)
    (実際は1学年約180人が一度にプールに入るし、指導に当たる教官は多くても8名程度なので、このような指導法がとられるのを見たことはありません。)
  • (3)プールの水質を汚す原因は、体や水着に付着した汚れである。女子は仕方がないが、男子はプールの水質保全のために、布地の面積が水泳パンツに比べて必要最小限になる六尺褌一本で泳がせることとする。(本当の理由)
    (初歩的な水質浄化装置が設置された中学2年生の夏からは、許可を受ければ男子も競泳用黒水泳パンツ(ナイロン製)の着用が認められるようになりました。ただし1年生男子は赤褌着用強制でした。)

私が記憶している限りでは以上のような理由ですが、中学校での理由付けは、高学歴の父兄が多いためか、急速に説得力を失っていったようです。

むしろ、教務主任のM先生(その国粋主義的な考えで、父兄の中に一部熱烈なファンがいると、私の父が話していた。)が折に触れて口にされていた、「附中の男子は、日本男児として心身を鍛えなければならん。その一つの手段が、水泳訓練での赤褌着用だ。」という主張の方が、父兄や生徒に対する説得力があったようです。

運営者より
海どじょう様こんにちは。小中学生時代に,水泳着として六尺褌を推奨する,指導者側の論理がどのようなものであったかということについて,貴重な証言をありがとうございます。小学校の(1)~(3),中学校の(1),(2)は,今日でも六尺褌を推奨する理由として用いられる論理ですが,実はプールの水質保全が本当の理由だったというのは面白いですね。国立大学の附属小・中学校のような伝統校には,褌が伝統だからという理由で長く残っている所もあるようですね。今後ともよろしくお願いします。

証言 18: 2016/06/05
ハンドルネーム
海どじょう
年齢 性別 職業 居住地
65歳 男性 年金生活者(兼団体職員) 山口県
表題
褌の自分史(6 中学1年の水泳訓練 (1) )
本文

毎度おなじみ、海どじょうです。今回は、中学1年の時の水泳訓練における、赤六尺褌のエピソードを書いてみます。

私が通っていた国立大学の附属中学校では、毎年1学期の期末試験が終わった後で、学校の裏にある大学所有の7コース・50mのプール(戦前建設で、一応日本水連公認だったらしい)を1週間だけ借りて、水泳訓練が行われていました。

水泳訓練は、1学年4クラス合同(男女一緒で180人弱)で、2時限分の90分を1回として4回行うことになっており、よほどの暴風雨にならない限り雨が降って多少水温が低くても実施されていました。

現在の体育の授業のように、近代3泳法(クロール、ブレスト、バタフライ)を速く泳ぐことが目標ではなくて、とにかく少しでも長い時間泳ぎ続けることが出来るようになるのが目標でした。

訓練に使う50メートルプールは、横に3区画に区切られていて、最深部が2.7m近くある区画が上級者用、深さが2m~1.5mくらいある中間部が中級者用、一番浅い深さ1.5m~1.2mの区画が初級者用とされていました。

訓練内容は、上級者はとにかく20分間足を着かずに区画内を反時計回りにグルグル回泳する、中級者は初日は足を着かずにプールの短辺を2往復以上して泳力を確認した後、2日目以降は途中浅いところで多少足を着いてもよいが、上級者と同じように20分間区画内をグルグル回泳する、初級者は、金槌の者以外は、まず足を着かずにプールの短辺(約15m)を泳ぎ切ることを目指し、それが出来るようになると次は足を着かずに短辺を1往復することを目標に練習しました。

初級者は足を着かずに短辺往復が出来るまでは赤帽で、足を着かずに短辺往復が出来るようになると白帽に変わり、短辺2往復できると白帽に赤線一本を縫い付けて中級者区画に移れることになっていました。

初級者の足を着かずに短辺片道だけは犬かき游ぎでも可とされましたが、足を着かずに短辺往復するところからはカエル足平泳ぎかバタ足での抜き手(なるべく顔を上げたクロールもどき)でなければ、いくら1往復できても完泳出来たとは認められませんでした。

水泳訓練初日は、あいにく曇り空で時々雨が降る少し肌寒い天候でした。

水着に着替えるのは、男子が準備体操をする体育館に近いA組とB組の教室で、女子が体育館からは遠いC組とD組の教室でした。

日頃の体育の授業はC・D組合同で、男子はいつもC組の教室で着替えていたので、B組の子と一緒に着替えるのは初めてでした。

B組の教室に行くと、すでにB組の子は着替えを始めていたので、我々D組の者も急いで制服と脱ぐと、級友の2/3位はさっとフリチンになって指定の赤六尺褌を締め始めました。

D組の六尺組(小学校時代に六尺褌一本で泳いだ経験者)6人は自然と集まって、さっさと赤褌を締めてゆきました。

六尺組全員が一応赤褌を締め終わって辺りを見回すと、B組の子は半分以上がパンツを穿いたままで六尺褌を締めようとして、モタモタと苦闘しているのに気付きました。

瀬戸内海沿いの田舎小学校から来た私とK君は、モタモタしている子達に向かって、素っ裸になって褌を締めた方が良いと忠告しそうになりましたが、側にいたSA君とSI君(赤フンが指定水着の小学校出身)に褌の横ミツを引っ張られたので、先日の「六尺締め方講習会」の後でH先生から受けた指示を思い出して、忠告するのを思いとどまりました。

10分近くかかって教室内にいる全員がどうにか赤褌を締め終わる頃に、体育副主任のN先生の声で、「男子は早く体育館に集合するように」と催促する校内放送がかかりました。

この放送に促されて、B組とD組の男子が急いで体育館に向かう途中で、六尺組以外の子の赤褌の締め方を見ると、陸上で体操するくらいは良いにしても、水に入ったときにはいかにも危なそうな締め方の子が結構目に付きました。

ただ、B組の子は半数以上が腰にバスタオルを巻いていて、赤褌が見えないように懸命に隠そうとしているのが、私には少し奇妙に思われました。

体育館に行ってみると、すでに1年生の女子全員が集合していました。

赤褌をタオルで隠していない私達D組の男子が先に立って体育館に入っていくと、女子の間から、

「わぁ~、男子の水着はすごいね。あれが赤フンなんだ。本当にオチンチンの周りしか隠してなくて、お尻は丸出しなんだわ。男子は、あんな紐みたいな物一本だけで平気なのかしら・・・。」

と言った、結構大きなささやきが聞こえてきて、六尺褌一本だけの裸になれている六尺組の私達でも、少し顔が赤くなるような気がしました。

女子のささやき合いと、それまで肩に羽織っていたバスタオルを慌てて腰に巻いて赤褌を隠そうとする六尺未経験者の行動を見とがめて、教務主任のM先生やD組担任のT 先生が厳しい声で、

「男子はバスタオルで赤フンドシを隠そうとするんじゃない。附中健児なら、赤フンドシ一本で堂々と歩け。男子のバスタオルは、壁の脇にクラス別の置き場が指定してあるから、さっさとそこに置いてクラスごとに整列しろ。女子も、男子の赤フンについてとやかく言うんじゃない。附中男子の水着は、あの赤フンドシだけと決まっているのだ。」

と注意されました。

この後体育館に入ってきたC組とA組の男子は、もっと画然と赤褌に対する態度が別れていて、C組(担任は体育主任のH先生)男子は大多数がバスタオルで赤褌を隠していなかったのに対して、A組男子はほとんど全員がバスタオルで赤褌を隠そうとしていました。A組男子の姿を見たM先生はカンカンになって、大声でタオルを外すように怒鳴りつけたので、体育館内にいた生徒ばかりでなく水泳訓練応援の為に集まっていた他の先生方も、びっくりしてしまいました。

1年生全員が集合したところで、男子の赤六尺褌の締め方を先生方が点検されるかと思っていたところ、そのようなことは全く行われませんでした。最初に書いたような水泳訓練の進め方についての説明があった後で、生徒全員に対して、あごのところで紐を締める式の赤白リバーシブルのお椀形水泳帽(木綿ではなく人絹製)が配られて、女子も当時一般に用いられていたビニールやゴム製の頭をすっぽり包んで耳まで隠れる水泳帽ではなく、このお椀形水泳帽を着用するように厳しく命じられただけでした。

男女全員が配られた水泳帽を着用したところで、体育館いっぱいに広がって準備体操を行いましたが、いつもの体育の授業で行う準備体操よりずっと厳しく時間も長い「水泳体操」というもので、体操が終わる頃にはみんな汗びっしょりになってしまいました。

この体操の間、男子の中で褌が緩んで外れそうになる者はいませんでしたが、少し不安そう表情を浮かべている者がC・D組男子の中にも散見されていました。

この後いよいよプールに入って水泳訓練が始まり、六尺褌未経験者にはいろいろなことが起こるのですが、それは次回とさせていただきます。

運営者より
海どじょう様こんにちは。中学1年生のときの,初めての水泳の授業の模様を詳細に証言してくださり,誠にありがとうございます。小学生時代に褌を経験している生徒さん,初めて褌を経験する生徒さんで反応が全く異なっていて面白いですね。赤褌をバスタオルで隠したというのは,女子生徒に対する恥じらいの気持ちからでしょうか。今後ともよろしくお願いします。

証言 19: 2016/06/20
ハンドルネーム
海どじょう
年齢 性別 職業 居住地
65歳 男性 年金生活者(兼団体職員) 山口県
表題
黒猫褌(キンツリ)と競泳用水着のサポーターのこと
本文

海どじょうです。今回は少し趣向を変えて「黒猫褌」、私の子供時代当地では「キンツリ」と呼ばれていた、布地極小・倹約型水泳褌のことを中心に書いてみます。

実は、20年くらい前に、自宅脇の土蔵の中を整理したときに、大正12年生まれの叔父が旧制中学・高校時代に、水泳部で使用していた男性用の黒ワンピース水着(当時は公式の大会ではこれの着用が義務づけられていました。)とサポーターとして着用していたらしい黒猫褌を、偶然数枚見つけました。

男性用ワンピース水着は、かなり薄くて目の詰まった木綿生地で、ずでに虫食いの穴だらけだったため、すぐに廃棄してしまいました。ただ、油紙で包んであった5枚ばかりの黒猫褌のうち2枚は、幸い虫に食われていなかったので、今でも手元に残っています。

この競技用ワンピース水着の生地は、現在の競泳用ブーメラン水着の化繊生地(たとえばasicsのハイドロCD)に負けないくらい薄かったので、これを練習で毎日3,4時間も使っていたら1ヶ月で水着がだめになるだろうなと思いました。そして、試合用の公認水着は貴重品だったから、戦前の水泳選手は海外(たとえばベルリンオリンピック)での試合前の練習でも、白人が見ているの前で半幅の六尺褌一本で泳いでいたのかと、改めて得心した記憶があります。

なぜなら、高校時代に図書室で戦前のベルリンオリンピックの写真集を見たことがありますが、トレーニングプールでの練習状況の写真では、黒猫褌をしたドイツ人選手と半幅以下の六尺褌(しかも白フン)を締めた日本人選手が一緒に練習しているものが何枚もあり、当時白人も褌だけで泳ぐのかと不思議に思っていたからです。

添付した写真の真ん中に写っているのが、叔父が使っていた黒猫褌で、写真ではわかりにくいですが、チンコと金玉を覆う三角布と尻の割れ目に当たる縦ミツ部分の生地は、木綿ではなく薄いペラペラの麻生地です。腰回りに巻く紐は三角布よりもっと薄くて、写真ではよじれているのを広げてみると、幅1㎝もないストラップ専用に織られた細いヒモ(今でも手芸店で売っている真田紐のような感じ)で、前を隠す三角布と同じ麻製のように思われます。短い方の紐の先は長年の使用でちぎれたような跡がありますから、新品の時はもっと長かったのだろうと思います。

写真の上側に写っている赤の黒猫褌は、京都の「褌屋」さんが復刻されたのを2012年頃購入した物で、生地は綿ブロード、サイズはMです。腰回りの紐も同じ綿ブロード製で、越中褌に使う綿生地を袋縫いして作った紐の幅を半分くらいにした物を想像してください。写真の下側に写っている黒の黒猫褌は、同じ「褌屋」さんが復刻された物で、生地は同じ綿ブロード、サイズはSです。腰回りの紐は、上の赤と同じ作りです。

私は身長164㎝、体重68㎏ですが、もしサーフパンツの下にサポーターとして着用するのなら、Sサイズの方が男の物がぴったりしまってベストです。叔父は若いときから私によく似た体型だったようなので、もし遺品の黒猫褌だけで泳いでいたとすると、少し締まりが悪かったろうなと想像します。

私の高校時代、学校指定の黒ナイロン競泳パンツには、まだ前当て布が無いもの(当て布有りより200円くらい安かった)があり、それを穿いて水泳訓練を受けるときは、チンコと金玉が浮き出さないように下に半幅の六尺褌を締める(附属中学校とS中学校の出身者のみ)か、「褌屋」の黒猫褌(Mサイズ)と同じような作りの木綿生地の黒猫褌(ほとんどの同級生はキンツリと言っていた。)を着けるのが普通でした。

ただ、当時の競泳用パンツは上端がほぼヘソのすぐ下に来るため、褌の横ミツやキンツリの腰紐が水泳パンツの上端からはみ出さないように、腰骨より下に横ミツや腰紐を締める必要がありました。六尺褌は締め方で横ミツの位置をいくらでも調節できますが、キンツリは前の三角布と尻縦ミツの布の長さによって腰紐の位置が決まってくるため、市販の黒猫褌の前三角布と尻縦ミツ布の長さがだんだん短く作られるようになり、昭和43年夏に私が最後に買った黒猫褌では、大人用のLサイズなのに、前三角布と尻縦ミツの長さが私が小学三年生の夏に担任の女先生に買ってもらった子供用キンツリとほとんど同じくらいになっていました。

ちなみに、この頃から高校の水泳部員が穿く水泳パンツの股上がだんだん短くなり始めて、私が高3の頃には、パンツの前側上端がヘソと股の中間ぐらいまで下がるとともに、後側上端も尻の割れ目のすぐ上くらいになってきたため、水泳部員はパンツの下に六尺褌やキンツリを着けなくなりましたし、色も黒や紺ではなくて明るいブルーや空色が使われるようになってきました。

海どじょう氏所有の黒猫褌
海どじょう氏所有の黒猫褌
運営者より
海どじょう様こんにちは。再び貴重な写真資料を添えてのご投稿,誠にありがとうございます。現役として用いられいた時代の,水泳用黒猫褌の規格や材質などのことがよくわかります。私も,ネットオークションで,当時の黒猫褌を入手する機会がありましたが,大体同じようなものでした。また,「褌屋」さんで復刻された黒猫褌が,かなり当時の物を忠実に再現されていることもよくわかります。市販の黒猫褌の前三角布と尻縦ミツ布の長さがだんだん短く作られるようになっていった,といういのは興味深い証言です。深く感謝いたします。今後ともよろしくお願いします。

証言 20: 2016/07/31
ハンドルネーム
海どじょう
年齢 性別 職業 居住地
65歳 男性 年金生活者(兼団体職員) 山口県
表題
褌の自分史(7 中学1年の水泳訓練 (2) )
本文

昔話専門の海どじょうです。今回は、中学1年の水泳訓練初日、いよいよプールに入るところからです。

水泳体操が終わると、一番プール近くに整列していた我々D組の男女が最初にプールに向かいました。プールサイドに入ると、50mプールの水面はコースロープで横に3等分してあり、体育館から遠くて最深部が3m近くある区画が上級者用、真ん中の水深2m~1.5m位の区画が中級者用、一番浅く深さ1.4~1.2mで一応全部足がつく区画が初級者用となっていました。

私たち生徒は男子は市道側、女子は校舎側のプールサイドに分かれてから、自己申告で自分の泳力にふさわしいと思う区画に行き、各区画の主任教官に氏名を申告しました。男子は3区画にほぼ3等分された状態でしたが、女子は上級者が2割、中級者が3割弱、初級者が5割強と区画別の人数が非常に偏っていました。

初級者区画主任教官は私たちD組担任のT先生、中級者区画主任教官はB組担任のI先生、上級者区画主任教官は教務主任のM先生で、それぞれの区画にはもう一人ずつ応援の先生がついておられました。体育主任のH先生と副主任のN先生はプール両端のスタート台のところに一人ずつ立ち、H先生のそばには女性体育講師の先生が、N先生のそばには男性用務員さんが付き添っておられました。

体育教官のH、N両先生、各区画の主任教官であるM、I、Tの3先生は、半幅の黒六尺褌に白線3本入りの黒水泳帽をかぶった水練師範スタイルでしたが、応援の3先生と男性用務員さんは黒か濃紺の水泳パンツに白線なしの黒水泳帽スタイルでした。

それぞれの区画に所属する生徒のクラスと氏名の確認がすむと、上級者と中級者の区画では、すぐに各人の泳力確認が始まりました。中級者は足をつかずにプールの横幅15mを往復できるか、上級者は足をつかずにプールの横幅を2往復以上出来るかをテストされたようでした。

私は、地元の川では水深の関係からプールの横幅ほど続けて泳いだことがなかったので、最初から初級者区画に行きました。小学校時代に六尺褌だけで泳いでいた「六尺組」の仲間はみんな上級や中級区画に行ってしまったので、初級者区画に居る「六尺組」は、私以外はB組のMk君だけでした。

水泳訓練は15分泳いで5分休み、20分泳いで5分休み、最後に15分~20分泳いで終了の点呼というスケジュールのはずでした。初級者区画では、最初の1コマ目は、体を水に慣らすために、プールを横に一往復ずつ歩くことになりました。

男子が先に一斉に入りましたが、朝から曇り時々雨の天候だったので、水はかなり冷たく、あちこちから「冷たいー、上がらせてー。」と悲鳴が上りました。悲鳴を聞いた初級者区画主任のT先生は、「この位の水温で情けないことを言うな! お前たちそれでも男か!水から上がりたければさっさとい1往復歩いてこい!」と、大声で叱責されました。

幅17m足らずのところに、男子30人近くが一斉に水に入ったため、肩が触れ合う状態で押し合いへし合いしながら、校舎側の岸に向かって歩くことになりました。私は、押されて水中で転んだら困ると思って、中級区画の近くを一番あとから歩いて行きました。校舎側の岸でいったん人員確認の点呼をしてから、プールを一往復して市道側の岸に戻ると、早く岸に着いた者はすでにプールサイドに上がろうとして片足を岸の上にかけていました。

プールの中から彼らの六尺褌の様子を見ていると、褌が水に濡れたために大多数の者の縦ミツがたるんでいて、プールサイドで立ち上がると股間に相当隙間が出来て、下から見上げると隙間からチンコと金玉が見えかけている者もいました。

男子が水から上がると、校舎側から40人前後いる女子が2班に分かれてプールに入って、ゆっくりゆっくりプールを横に一往復しました。そのあとで男子がもう一度プールに入って、歩いて横に1往復したところで、訓練最初の一区切りが終わって5分間の休憩となりました。

休憩時間が始まるとき、初級者区画の六尺未経験者の褌の様子を見回すと、水に濡れた全員の褌が多かれ少なかれ緩んで前袋の幅も少し狭くなっており、チンコと金玉の形がかなりハッキリと浮き出している者が多くて、そのことをお互い同士でからかい合っているグループもありました。 休憩に入るところで、各区画の主任教官から男子生徒に対して、

「水に入って運動したので、六尺が緩んだはずだ。この休憩時間のうちに、六尺の後ろの巻き付けを緩めて、固く増し締めをしておけ。六尺を解いて最初から締めなおす勇気のあるものは、スタート台の後ろに来て締め直してもよろしい。」

との指示がありました。

私とMk君は、体育館側のスタート台の後ろに行って、褌を完全に解いて全裸になると、褌を広げて一枚布の形に戻してから固く締め直しました。気が付くと、中級者区画に行っていた「六尺組」の仲間も来ていて、彼らも褌を完全に解いて締めなおしていました。

中級者区画から来た「六尺組」のSs君とSn君から、中級者区画では2回目の泳力試験でプールを横に2往復したあと、六尺未経験者が水から上がる姿を下から見ると、半数以上の者の褌の前袋がたるみきってチンコと金玉が後ろから丸見えになっていたので、自分たちもそうなっているのではと心配になって褌を締め直しに来たのだと教えてくれました。

「六尺組」が褌を解いて締めなおすのを見ていらしたH先生とT先生が、「六尺組は心がけが違うな。ここでフンドシを締めなおすか、しっかり増し締めしておかないと、この後まずいことになるのだがな。」と話し合っていらっしゃるのが聞こえて来ました。

5分間の休憩が終わると、いよいよ本格的な訓練が始まりました。初級者区画では、30人弱の男子と40人強の女子の中で、多少は泳げる者がどのくらいいるのかのテストが行われることになりました。

男子が先にクラス別に分かれて、プールを横に片道、どんな泳ぎ方でも、途中何度足をついてもよいから、とにかく泳いでゆくように命ぜられました。

まず僕たちD組の7人が水に入って一斉に泳ぎ始めました。私は、なるべく息継ぎを少なくするようにして、蛙足平泳ぎでどうにか1度も足をつかずに校舎側の岸にたどり着きました。私が立ち上がって後ろを振り返ると、まだ犬かき泳ぎで必死の形相で泳いでくる3人が目に入りました。犬かき泳ぎの3人が、息も絶え絶えの状態で、ようやく校舎側の岸に泳ぎ着いたところで、T先生が、

「男子に水中を歩いて市道側に戻れと言っても、最後の3人はとても無理だな。よし、全員そのまま校舎側の岸に上がってから、こちらに戻ってこい。六尺組のSbは、他の全員が岸に上がったのを確認してから、最後に岸に上がれ。」と命令されました。

水の中から岸に上がろうとする級友の褌の様子を見ると、全員の縦ミツの股のところが大きくたるんでいて、下から見上げると多数の者のチンコと金玉がほとんど丸見え状態でした。特に犬かきで必死に泳いで来た3人の褌は、今にもずり落ちそうなほど大きくたるんでいたので、私が注意しようとした矢先、岸に上がって立ち上がったところで3人とも褌がずり落ちました。

3人の褌がずり落ちたの間近に見た女子の間から、「キャー、3人とも丸見えよー。」という大きな悲鳴が上がったので、H先生が異変に気づいて慌てて駆けてこられました。H先生は、褌がずり落ちて呆然としている3人に対して、

「3人ともさっさとフンドシを拾え。そのままスタート台の後ろに行って、きちんと一からフンドシを締め直せ。」と厳しく命ぜられてから、まだ水中にいる私に向かって、
「Sbは急いで水から上がって、あの3人がフンドシを締め直すのを手伝ってやれ。」と指示されました。

私は急いで岸に上がると、褌がずり落ちた3人と一緒にスタート台の後ろに駆けていって、自分も褌をほどいて締め直しの手順を示してから、3人が褌を堅く締め直すのを手伝いました。

褌がずり落ちた3人をニヤニヤしながら見ていた残りの3人も、H先生が褌の横ミツを引っ張ってちゃんと締まっているか点検されると、全員の褌がほどけかけていたので、褌を一度解いて締め直すように命ぜられました。褌がずり落ちかけていた3人がスタート台の後ろにやって来て、褌を外して締め直し始めたところで、上級者区画主任教官のM先生の怒鳴り声が聞こえてきました。

上級者区画では、全く足のつかない区画内を、2列になって反時計回りに泳いで回っていたのですが、途中で六尺褌がほどけて外れたために、流れていった褌を取りに行こうとして隊列を崩す者が出てきたので、これに気づいたM教官が、

「隊列をくずすなー。フンドシが外れた者はそのまま泳ぎ続けろ。フンドシは用務員さんに鈎竿で回収させるから、自分で取りに行くな!わしが指示するまで、勝手に岸に上がるのは許さん! 全員最後まで泳ぎ続けろ。」と、大声で注意されたのがハッキリ聞こえてきました。

初級者区画では、D組に続いてC組男子7人の泳力確認が行われましたが、ここでも水から上がった途端3人の褌がずり落ちてしまったので、またスタート台の後ろで私が手伝って、一度褌を外してから締め直すことになりました。残りのB組7人、A組8人の泳力確認では、校舎側の岸に着く前に褌が外れてしまう者が出たため、初級者中の「六尺組」である私とMk君は、褌が外れたり外れかけている者14人が、一から褌を締め直すのを補助するのに大忙しになりました。

2コマ目の20分は、初級者男子の褌締め直し騒動のために、男子の泳力確認を行っただけでおしまいになりました。この泳力確認の結果、初級者男子29名の全員が、少なくても足をつかずに5m以上は泳げるレベルにあることがわかりました。

2コマ目が終わったところで、各区画の主任教官と体育教官のH先生とM先生が対策を協議された結果、今日は上級と中級の男子生徒全員、この休憩時間中に褌を解いて一から締め直させることにして、次回の水泳訓練からは、1コマ目の訓練が終わったところで、生徒本人が褌が緩んでいると思っていようが思っていまいが、男子全員にいったん褌を解かせて、一から締め直させることに決まりました。

初級者区画では、3コマ目のはじめに女子の希望者15人位の泳力確認を行ったあとは、区画内を大きく3対2くらいに分けて、全く泳げない女子生徒は水に慣れる練習、なんとか5m以上泳げる者は、男女混合でとにかく足をつかずにプールの横幅15mを泳ぎ切れるようになる練習を行いました。

この3コマ目では、さすがに泳ぎ終わったあとに褌がずり落ちる者は出ませんでしたが、水の中からプールサイドの上をみると、褌の前袋がたるんだり幅が狭くなっていて、チンコと金玉がのぞきかけている者が結構見受けられました。

初日の訓練が終了して一端体育館に集合したところで、体育主任のH先生から男子生徒全員に対して、

「今日の訓練では、六尺の締め方が緩いために、訓練2コマ目で六尺が外れてしまう者が予想以上に出てきた。これは安全確保上ゆゆしき事態だ。水中で外れたフンドシが、泳いでいる足に絡まったら、本当におぼれてしまうぞ!

六尺が途中で外れた者は、六尺に着替えるときにパンツを穿いたままで締めた者のはずだ。いいか、男ばかりで六尺を締めるときに、恥ずかしがってパンツを穿いたまま締めようとするから、結果的にプールでの訓練中に女子の前でもっと恥ずかしい姿をさらすことになるのだ。素っ裸になって六尺を締めても、まだちゃんと堅く締められない者が、パンツを穿いたままで六尺を締めようとするな。

次回からは、着替えの時お互いに注意し合って、必ず素っ裸になって六尺を締めるようにしろ。また、次回からは1コマ目の訓練が終わったところで、全員プールサイドで一度六尺を解いて、はじめから締め直させるから、よく覚悟しておけ。」と、厳しく注意されました。

ただ、指導監督に当たられた先生方は、橫ミツの締め込み方や後ろでの巻き付け方が甘いために訓練中に褌が解けたりずり落ちたと見なしていらしたようで、私が気になった後ろ縦ミツや前袋のたるみはあまり気にしておられませんでした。

運営者より
海どじょう様こんにちは。再び貴重な証言をどうもありがとうございます。海どじょう様が中学1年生の時代は1960年代前半とお察ししますが,その時代にはもう,六尺ふんどしに慣れている子どもがごく限られていたこと,よって水泳の際にはふんどしをきつく締めないと,水に入ってから緩んで危険であるという知識が,子どもたちの間に共有されていなかったこと,実際に水泳の授業でふんどしが外れて教師に呆れられる事態が生じていたこと,などがよくわかります。今日でもふんどしを男子の水泳着に採用している学校がごく少数ありますが,やはり「ゆるふん」には厳しく指導しているということです。水泳シーズンですが,私たちもふんどしで泳ぐ際には注意したいところですね。時節柄,教訓ともなるご投稿をありがとうございました。今後ともよろしくお願いします。

「ふんどしの証言」コーナーでは皆様からのお便りをお待ちしております。

ふんどしがまだ現役であった頃や,現在も現役として活躍している場のさまざまな事情について,お便りをお寄せください。

臨海学校のふんどし,海水浴のふんどし,お祭りのふんどし,ふんどし常用者の事情・・・等々,貴重な証言をメールでお寄せください。執筆条件はただ一つ,「事実を曲げて書かない」ということだけです。

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うまくいかない場合は,メールアドレス:testimony@fundoshi-kenkyukai.org(@を半角にして送信してください。)までお送りください。その際は,「ふんどしの証言宛」とお書き添えいただければ幸いです。ハンドルネーム(ペンネーム),表題,本文は必須項目です。年齢,性別,居住地,職業の記入は任意ですが,ご記入いただくと,ご投稿者のプロフィールが良くわかると思います。

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