ふんどしの証言

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証言番号

証言 41: 2018/03/26
ハンドルネーム
褌愛好者
年齢 性別 職業 居住地
74歳 男性 無職  
表題
医療用途としての褌
本文

私がまだ中学1年生の頃、父はしばらく病んでいた痔の手術を受けました。その治療後、それまで褌を締めていなかった父が、しばらくもっこ褌を締めていました。私はそれを見て少々驚きましたが、どうやらその理由は、入浴後、薬を施した患部を保護するために、それを締めるという医師の指示にあったようです。

当時は、まだ越中褌を締める大人は多かったし、また、六尺褌を締める年配の人も、銭湯に行くと結構見られました。そんな時代でしたから、褌、特に越中褌は珍しい物ではなく、私も大人になれば褌を締めるものだろうと思っていた程です。 しかし、医療用途とは言え、父のもっこ褌は、母の手作りによる布幅のやや狭いもので、正面は正に陰部がくっきり盛り上がっているのが、中学生の私には衝撃的でした。

医療用と言えば、なぜかT字帯と呼ばれる越中褌が一般的ですが、これは、患者がベッドの上でも脱着が容易であるという点で利用されているものと思われます。越中褌、もっこ褌、いずれにしてもこれらの機能性には一理あります。それだけでなく、高温多湿の気候に合った重宝な下着としても十分活用できます。

褌、伝統的な物ではありますが、一層普及することを願っています。

運営者より
褌愛好者さんはじめまして。よろしくお願いします。褌愛好者さんが中学1年生の頃というと今から60年ほど前,1950年代の終わり頃かと思います。その頃はまだ褌が下着として現役で,子どもも大人になったら褌をするものだと思っていたわけですね。医療用の褌としては今でもT字帯という名称で越中褌が使われていますが,お父様はもっこ褌の着用を医師から指示されたということでしょうか。もっこ褌も医療用として用いられることがあったというのは初耳です。貴重な証言をどうもありがとうございます。機能性と日本の気候に合っているということが見直されて褌が普及していくことを私も願っています。今後ともよろしくお願いします!

証言 42: 2018/04/01
ハンドルネーム
海どじょう
年齢 性別 職業 居住地
67歳 男性 年金生活者(兼団体職員) 山口県
表題
褌の自分史21 (2年生夏・臨海水泳訓練に備えて (3) )
本文

昔話専門の海どじょうです。今回は、夏休み中に実施された臨海水泳訓練に備えての、50mプールを使用した時間泳ぎ強化訓練1日目が終わった後で行われた、長時間泳ぎ続けても解けにくい褌の締め方検討会についてお話しします。

初日の時間泳ぎ強化訓練終了後、正規授業の水泳訓練のときと同じように、まず女子がシャワーの下を通ってプールサイドから退出し、その後に男子が続きました。いつものように最後尾に並んでいた私たちC・D組の六尺組が、もう少しでシャワーの下に入ろうというところで、それまで体育副主任のN先生と話し合っていらしたH先生が、突然私たちに向かって足止めの声をかけてこられました。

「六尺組の中で、まだもう少し付き合う気力がある者はいないか。六尺の締め方で、明日の訓練で試してみたいことがある。付き合ってくれる者は、手を挙げてからもう少しここに残ってくれ。」

と、C組のIw君、Tm君、Mt君、D組の、Ky君、Sa君、私、Si君、それにB組のMk君の顔を見ながら、志願者を募られました。

この8人は、去年フルチン点呼組13人に対する「六尺締め方訓練」の助手を務めた顔ぶれで、私と同じような瀬戸内海近くの田舎小学校出身者と、附中の真裏にある赤褌が指定水着の小学校出身者でした。この8人はヘトヘトになっていたので、どうしようか互いに顔を見合わせました。そのとき私たちの直前にいた東京のフンドシ学校から転校してきたYd君と、自称運動万能で六尺褌初心者のQ君が、立ち止まると同時にさっと手を挙げたので、それにつられて私たち8人も手を挙げてしまいました。

H先生は、期待していた六尺組8人以外にYd君とQ君まで手を挙げたので、大いに満足の表情で、10人を自分の周りに呼び集めると、

「六尺組の8人は、いつもすまんな。YdとQは良く志願してくれた。これから、長時間泳ぎ続けても解けにくい六尺の締め方を君たち10人に教えるから、今夜家でよく練習してくれ。明日の訓練では、実際にこれから教える締め方で六尺を締めて長時間泳いでみて、今までの締め方とどちらが長持ちするか比べてもらいたい。」

と、私たちをプールに残した理由を説明されました。

続けてH先生は、

「六尺組の8人は覚えていると思うが、去年の水泳訓練開始前に「六尺締め方講習会」をやった時、君達講習助手予定者全員の六尺の締め方を統一するために、事前の研修会をやったな。あの時、君たちの陸式の締め方とは違う六尺の締め方を、ワシが締めて見せたのを覚えているか。あの時ワシが締めて見せたのが、長時間泳ぎ続けても解けてしまうことのない、海軍式の締め方だ。これから、改めて海軍式の締め方を教えるから、今夜家でよく練習して明日の訓練では、全員この締め方で六尺を締めて泳いでみてくれ。今の陸式の締め方とは、最初に少し緩んだあとが違うはずだ。今から、海軍式の締め方で六尺を締めて見せるから、よく見えるようにワシを取り巻いてくれ。N先生も一緒にお願いできますか。」

と、おっしゃいました。

H先生とN先生は、私たち居残り六尺組8人とYd君、Q君が半円型に取り囲んでいる前で、締めていた黒六尺褌を解いて一枚布の形に広げると、私たちに尻を向けてゆっくりと海軍式の締め方で締め込んでゆかれました。黒六尺褌を海軍式に締め終えて私たちの方に向き直ったT先生は、私たち生徒10人が、分かったような分からないような顔をしているの気づいて、

「う~む、やはり一度見ただけでは、陸式との違いがよく分からないようだな。そうだ、MtとSbはここへ出てきて、Mtはワシの隣に、SbはN先生の隣に立ってくれ。ワシとN先生はこれからもう一度海軍式の締め方で六尺を締めてゆく。MtとSbは、ワシらと同じ早さで、今までどおりの陸式の締め方で自分の六尺を締めていってくれ。残りの8人は、ワシら4人が六尺を締めてゆくのを見て、先生2人とMtたち2人の締め方のどこが違うかしっかり確認してくれ。」

とおっしゃいました。

H、N両先生が黒褌を外して一枚布に広げ始められたので、Mt君と私も慌てて白褌を外して一枚布に広げました。同時に異なる褌の締め方をして見せる準備が出来たところで、私たち4人は他の生徒8人に尻を向けると、H先生の、

「今から六尺を締め始めるから、締め方の違いをよく見ておけよ。」

との指示を合図に、 ゆっくりと先生方は黒褌を海軍式に、私とMt君は白褌を陸式に締め込んでゆきました。

4人がほぼ同時に褌を締め終わると、H先生だけが生徒8人の方に向き直って、

「どうだ、みんな。こうして比べてみると、ワシとN先生の海軍式と、MtとSbの陸式とでは、締め方が大きく違うのが分かるだろう。」

とおっしゃいました。

H先生の問いかけに対して、誰かがさっと手を上げた気配がすると、東京の「フンドシ学校」から転校してきたYd君が、爽やかな東京弁で、

「僕は東京の学校でも赤フンドシだけで泳いでいましたし、小・中学校水泳部の区や都の大会で、フンドシだけで泳ぐ他校の生徒と一緒になったこともあります。でも、今先生方が締めて見せてくださった褌の締め方、海軍式は今日初めて見ました。僕は東京では、小学4年の時からずっと水泳部だったので、顧問の先生や大学生の水泳部OBから、六尺フンドシの締め方をしっかりたたき込まれました。僕の締め方は、この附中の他のみんなのとよく似ているけれども、ちょっと違います。僕はこの締め方で、学校対抗の水泳記録会や臨海学校の大遠泳で結構長時間泳ぎましたが、最初フンドシが水に濡れた後で堅く締め直しておけば、2時間くらい続けて泳いでもひどく緩むことはありませんでした。必要ならば、今から僕の教わった締め方で、先生方の前でフンドシを締めて見せましょうか。」

と言うのが聞こえてきました。

Yd君の発言を聞いて、N先生と私、Mt君も皆の方に向き直ったところで、上級者主任教官のM先生が、

「そうだな、Ydは確かTK大の附属中学校から転校して来たのだったな。あそこの付属小・中学校は、戦前から体育をみっちり鍛えるので有名だったし、なんと言っても水泳は高師流泳法(水府流太田派のこと)の総本家の一つだ。ワシも、Ydのフンドシの締め方が高師流だと気づいてはいたが、なるほど水泳部で小中4年間、高師流の先輩からみっちり鍛えられたのなら、フンドシの締め方に自信があるのも当然だ。H先生、N先生、高師流のフンドシの締め方を採用するかどうかはさておき、ここにいる赤フン組には、参考のためにYdの褌の締め方を見せてやったらどうでしょうかな。」

と提案されました。

このときプールサイドに残っていらした指導教官役のI先生、T先生、Hr先生も加わって少し話し合われてから、H先生が私たち生徒10人に向かって、

「今からYdに、高師流の六尺の締め方を実演してもらうことにする。これもしっかり締め込むには結構慣れが必要な締め方だが、Ydは東京の学校で、水泳部員としてみっちり4年間泳いできているから、手慣れているはずだ。他のみんなは、しっかり注目して、自分たちの締め方とよく似ているが決定的に違う点があることを、確実に把握してほしい。  それではYd、他の皆に分かるように、しっかり締め方を見せてやってくれ。頼むぞ。」

と指示されました。

H先生に促されたYd君は、白六尺褌を解くと素早く一枚布に広げてから、心持ちゆっくりとした早さで締め込んでゆきました。私は、屋上で一緒に赤六尺褌を締めているときに、Yd君の褌の締め方の最後の方が私たちとは異なることが、いつもちょっと気になっていました。Yd君の褌の締め方は、最初に横ミツを胴に回してきた方の端を、縦ミツに引っかけて折り返した後、私たちのように直ちに後ろ左側の横ミツにしっかり巻き付けてゆかずに、左横ミツに1回軽く巻き付けて仮止めしておき、次に肩に掛けていた方の端を股に通したところで縦ミツに1回絡めると、そのままグッと引き上げてから、左横ミツに軽く絡めて仮止めしていた方の端を一度解いて、股から引き上げてきた方の端を、胴を回してきた端の折り返しの中に入れるようにしていきました。このとき、左手で最初に胴を回してきた方の端を、右手で後から股を通して引き上げてきたほうの端を持っているわけですが、両手でそれぞれの褌の端が横ミツから上向き45度くらいになるようにして、グッと力を入れて締め上げると、力を抜かずに左右同時に横ミツに絡めてゆくのでした。私は、Yd君の褌の締め方が私たち六尺組の陸式の締め方と違うことに気づいた後、気を付けて見ていて、最後に両手を使って左右の褌の端を同時に横ミツに絡めていく器用さに感心していました。

Yd君はゆっくり目に褌を締め終えると、最後に両手を横ミツに掛けて軽く揺すり位置を整えると、前袋を左右にしっかり広げてから、H先生に向かって、

「僕が、東京の附属小学校の水泳部で、大学生の先輩方から教わったフンドシの締め方は、これです。」

と言いました。

Yd君が褌を締めるのをじっと見ていらした指導教官の先生方は、

「さすがにTK大付属の水泳部で4年間鍛えられただけのことはあるな。実に手慣れた高師式のフンドシの締め方だ。これならYdが、自分のフンドシは長時間泳いでも緩まないと、自信を持って言うのも当然だな。」

と、口々に感想を述べられました。

私たち附中の六尺組8人は、Yd君の鮮やかな褌の締め方、特に最後に両手を別々に使って、左右の後ろ横ミツに同時にフンドシの端を巻き付けていく手さばきに圧倒されて、一時唖然としていましたが、やがて我に返ったC組のIw君とD組のSa君が、

「H先生、Yd君がフンドシを締める手際は実に鮮やかですが、最後の両手を別々に使ってフンドシの端を左右同時に巻き付けていくのは、僕たちにはとても真似できそうにありません。絶対に無理です。」

と、他の7人の気持ちも代弁するように感想を述べました。

Iw君とSa君の感想を聞かれて、H先生は、

「それはそうだろうな。君たちは正直でよろしい。Ydは、東京の学校では水泳部員として、夏の間はほとんど毎日フンドシを締めて、厳しい水泳の練習続けていたのだろうから、お前たちとはそもそもフンドシを締めてきた回数が違うし、練習中にフンドシがすぐ緩むようだと、大学生の先輩たちからも厳しく注意・指導されていたはずだ。」

とおっしゃると、

「Yd君、そうだな?」

とYd君に向かって尋ねられました。

H先生の問いかけに対してYd君は、

「そうです。小学4年生になって水泳部に入って、同級生より早く5月から赤フンだけで泳ぐようになったとき、6年生の先輩からフンドシの締め方を教えられました。でも、1学期の間はなかなか堅くフンドシが締められなくて、練習中、泳いでいるうちにフンドシが解けて外れてしまうことがよくありました。夏休み中連日続いた猛練習では、毎日大学生のOB方が指導に来ていて、4年生部員のフンドシが解けやすいのは気合いが入っていない証拠だと言って、泳ぎの本練習に入る前に締め方を実力でさんざん叩き込まれました。おかげで夏休みの中頃には、最初に水に入った後の締め直しさえちゃんとしていれば、練習中にフンドシが解けて外れることはなくなりました。」

と答えました。

これを聞いた指導教官の先生方は、

「やはりな。小学生の時に先輩から実力でフンドシの締め方を叩き込まれているから、Ydのフンドシを締め込む手付きがあんなに鮮やかなんだな。OB連中から、相当厳しくやられたのだろうな」

と一様に納得しておられました。

Yd君の褌の締め方実演は、あくまで六尺組に対する参考のためだと言うことで、H先生は、

「いまYdがやって見せたフンドシの締め方は確かに鮮やかだが、あれは小学4年の時から水泳部員として修練を続けて来たからこそ出来るのであって、他の六尺組が真似しようとしても、一朝一夕に出来るものではない。さっきMtとSaが言ったとおりだ。そこで、Yd以外のここにいる六尺組には、さっきワシとN先生が締めて見せた海軍式の締め方を、これから少し練習してもらうことにする。もう時間がないから、ここでは3回だけ練習をして、後は家に帰ってからよく練習しておいてくれ。明日の時間泳ぎ訓練では、君たちはこの海軍式の締め方で泳いでもらうから、しっかり練習しておいてくれ。頼んだぞ!Yd君は、今後も今の高師式の締め方で良いぞ。あれだけしっかり締められるのなら十分だからな。」

とおっしゃいました。

そうこうしているうちにS記念聖堂の鐘が鳴って午後5時を告げたので、Yd君以外の六尺組8人とQ君は、H先生とN先生の指導を受けながら、大急ぎで海軍式の六尺褌の締め方を3回練習しました。最初はH先生とN先生が実地に褌を締めていかれるのを見ながら、六尺組8人とQ君が真似をして自分の六尺褌を海軍式に締めてゆきました。次の2回は、海軍式の締め方を練習する9人に、この場に残っていらした時間泳ぎ訓練指導教官のM、I、T、Hr先生が付かれて、ほとんどマンツーマンの状態で、細かく締め方を指導されました。瀬戸内海沿いの田舎からバス通学している私、Ky君、Mt君、Tm君の帰りのバスの時刻が迫ってきたので、この日の海軍式の締め方は3回だけで終わりとなりました。

この日の夜、私は自宅で予備の白六尺褌を使って、海軍式の締め方を何度も練習しましたが、肩に掛けている方の褌の端を股に通した後、後ろ縦ミツに堅く巻き付けて行く力加減が難しくて、なかなか上手くいかずに苦労しました。後ろ縦ミツに巻き付けるときに、細かく巻き付けようとしてあまり縦ミツを浮かせ過ぎると、最後に余った端を後ろ横ミツに巻き付ける頃には縦ミツが尻の割れ目から浮き上がって、結果的に前袋と後ろ縦ミツがユルフン状態になってしまうのです。10回近く練習して、一応満足できそうな締め上がりにはなりましたが、陸式で締めるときに比べて所要時間が倍近くかかるのには困ってしまいました。

今回書いている「海軍式」の締め方は、私が夏に稽古に行っている水術の道場で、入門したばかりの小学1年生男子が、まず最初に教えられる白六尺褌(晒し木綿の半幅)の締め方でもあります。この水術の道場では、子供の時から稽古に通っている門人は、すべてこの締め方で白六尺褌を締めて、屋外の自然水面で一年中泳いでいます。そのため、最初に体験講習を受けに伺ったとき、私がいわゆる「陸式」で六尺褌を締めていたところ、指導してくださった師範代さんから、子供の時からその締め方で泳いでいたのかと、問われたことがありました。

本来ならば、「陸式」、「海軍式」、「高師流」それぞれの褌の締め方を、分かりやすく図解してお示しすべきですが、私は絵が下手なので上手く表現するのに四苦八苦しているところです。この三種類の褌の締め方を示す図解は、次回に別項を立てて書いてみようと思います。その後で、このいわゆる「海軍式」の締め方で褌を締めて、毎日連続30分ずつ4回泳がされた2回目以降の時間泳ぎ訓練では、どういう事が起こったかを、また書いてゆくつもりです。

運営者より
海どじょうさん,こんにちは。お久しぶりです。今回は「長時間泳ぎ続けても解けにくい褌の締め方」についてのエピソードですね。お話に出てくる「海軍式」というのは私が本サイトの「ふんどしの基礎知識」のページや「ふんどしの研究」に掲載している論文で「交差方法A」として紹介している締め方でしょうか?一方YdさんがTK大付属小・中学校で「高師流」として教わった締め方は「交差方法B」ではないかという気がします。次回に図解入りで解説していただけるとのことで,大変楽しみです。今後ともよろしくお願いします!

証言 43: 2018/04/06
ハンドルネーム
褌愛好者
年齢 性別 職業 居住地
74歳 男性 無職  
表題
水泳時の着替えと黒猫褌
本文

もう60年も前の中学生の頃、私の通っていた学校は、夏休み中に近くの海で、生徒を対象とした水泳訓練を実施していました。その時に生徒として少々気がかりだったのは、着替えの事でした。海辺は、木の茂みのような適当な着替えの場所はなく、生徒は白日の下、みんな同じ所で着替えました。

水着としては、当時、海水パンツが一般的でしたが、六尺褌の着用も推奨されていました。しかし、実際に六尺褌を締めた生徒は誰もいませんでした。

大部分の男子生徒は、前もって黒猫褌を着用しておき、裸になった時その上に海水パンツを穿きました。また、水泳訓練が終わった後の着替えでは、濡れた褌を着けたまま乾いたパンツを穿き、その後、褌を外しました。こうして陰部を他の者に見られるのを避けました。

ところが、生徒の中に交じって、ある先生は要領よく黒猫褌に着替えていたのです。先生はズボンを脱いで下着のパンツだけになったかと思うと、黒猫褌の横紐と後縦みつの交差で出来る輪に片脚を通して、更にパンツの裾の内側に褌をくぐらせ股間に持って行き、パンツの中で器用に装着しました。その後、パンツを脱ぎ、褌の上に海水パンツを着用しました。先生は、これを生徒と雑談しながらやってのけたので、その手際よさには驚きました。

中学生と言えば、陰部を見られるのを恥ずかしがる年代です。更衣室の無い当時、野外での着替えは普通でした。サポーターとして使われる黒猫褌のもう一つの使い道を知ったと同時に、この経験は、今となっては懐かしい思い出でもあります。

運営者より
褌愛好者さんこんにちは。褌愛好者さんが中学生の頃の水泳事情ですね。黒猫褌は「サポーター」という商品名で売られていたこともあるので,そのまま水着として使用するほかに水泳パンツの下穿きとしても利用されていたようですが,着替えの際に陰部を見られないようにするために,あらかじめ着用しておくという用いられ方もしていたのですね。また,黒猫褌をパンツの裾から入れて着用する方法は初めて知りました。布地が小さい黒猫褌ならではですね。貴重な証言をありがとうございました。今後ともよろしくお願いします!

証言 44: 2018/04/20
ハンドルネーム
尾濃太郎
年齢 性別 職業 居住地
68歳 男性 年金生活者 愛知県
表題
クロネコ褌あれこれ
本文

4月6日の、この「ふんどしの証言」のコーナーで、「褌愛好者」さんが、黒猫褌を利用した水泳パンツへの着替えの便利さについて証言されておりましたのを読みまして、私も同じことを体験しておりますので投稿することにしました。

昨年の10月12日に、アンケート回答番号279ということで掲載していただきました愛知県の「尾濃太郎」であります。その中で、クロネコ褌の体験について記述いたしました。今回私なりに、その時代のクロネコ褌に関する記憶や所感をさらに追加して、あえて、この証言のコーナーに再投稿させていただきたいと思います。

《小学校6年の夏、学級独自の行事として、川原でキャンプをすることになった。その際、川で泳ぐことになったが、石ころばかりで何もない場所で着替えをどうするかということが問題になり、バスタオル(当時はまだ貴重品でもあった)を用意せねばならないなど、男子があれこれ言っていたら、当時40代後半であった担任の先生が「サポーターを使えばいい」と女子も居る場で、黒板に大きなクロネコふんどしの図を書いて教えて下さった。そして我々にはまだ耳慣れなかった「サポーター」というのは「もっこふんどしのことだ」と教えてくださった。当時、クロネコふんどしのことを、私たちの地方では「もっこふんどし」あるいは「キンツリ」などと呼んでおった。

その頃には、子供は下着の白いパンツで泳ぐ者が次第に少数派となり、海水パンツを着用する者も多くなっておったが、中には文房具屋さんや雑貨屋や衣料品店の軒先に束にして吊して売られておった「もっこふんどし」一丁で泳ぐ者もあった。大人は泳ぐというよりも水に入って涼むと言う感じの人が多かったが、その際は白い下着のパンツか、越中ふんどしで水に入る人が多かった。学校の先生や、少々モダンな生活をしておった人は、水泳パンツを穿き、その下にサポーターとして、「もっこふんどし」を着ける人が多かった。文字通り、サポーターとしての着用でもあったが、更衣室もない川原などでの、水泳パンツとの着替えを便利にするという目的もあったようである。

先生は「お尻の側に来る、細い縦の布の先にある輪に紐を通した状態の『もっこふんどし』を片脚に通し、パンツ(まだブリーフは普及しておらず、我々子供が穿くのも裾がブカブカしたいわゆるデカパンが一般的であった)の裾からパンツの中に引き上げて入れ、パンツを穿いたままその中で『もっこふんどし』の位置を整えてから紐をしっかり結び、その後パンツを脱ぐ、そして『もっこふんどし』一丁になってから、水泳パンツを穿く。泳いだ後はその逆で、身体を拭くと共に「もっこふんどし」の水気もよく拭いとってから、パンツを穿き、パンツの脇のほうで腰紐を上に出して解き、裾から「もっこふんどし」を抜き取ればよい。」と、身振りも交えて丁寧に説明して下さった。

キャンプの当日に、アドヴァイスに従って「もっこふんどし」を着用した者は、3分の2程度であったように思う。やはり、すでに「ふんどし」というものが恥ずかしいものであると受け止められるようになっておったように思う。そういう者は、バスタオルを巻き付けて着替えておったが、中には、パッとパンツを脱ぎ、前を隠すこともなくサッと海水パンツを穿くという潔い者もおったように記憶しておる。ひょっとしたらその子は、性的な羞恥心がまだ薄く、幼い感覚ゆえに、平気であったのかも知れない。

私は、「ふんどしを着ける」ということに対し恥ずかしさと同時に、何か「大人」に近づけるような面はゆい気持ちになり、いつもは馴染みの客である雑貨屋にて少々恥ずかしい気持ちを抑えながら、「もっこふんどし」を購入し、当日までに、何度か自宅にて、着用の練習をした。性的にも成長期のことであり、恥ずかしいと同時に、きゅっと締まる感じ、お尻にも食い込むような感覚には不思議な高揚感もあった。 これが私と「ふんどし」着用の初体験であった。その後、中学生の間は「もっこふんどし」をサポーターとして着用したが、高校生になると西洋式の「サポーター」が普及してきて、「もっこふんどし」からは遠ざかった。》

以上のような文をふんどしについての「アンケート」の回答の一部として投稿しました。今振り返ってみると、大人たちも、クロネコ・サポーターを本来の意味でのサポーターとして使うというよりは、着替えのために使っておったように思います。樹木が一本も無く、勿論更衣室など在るはずもない石ころか丈の短い草が生えておるだけの川原での着替えには便利であったのでしょう。そして当時は下着のパンツが、多くは裾がブカブカした「デカパン」であったことも都合がよかったのだと思います。

私がクロネコ・ふんどしを着用しておったのは中学校の3年間でしたし、その間は下着もブロードの白いデカパンでした。しかし高校生になったときには、級友たちの殆どがブリーフとなり、私もそれにならいました。そしてまたサポーターも時を同じくして、西洋型というか、お尻のほうは二つに分かれ、前だけ小さく隠す形か、あるいはビキニパンティのようなピッチリしたものになりました。越中ふんどしなどと共にクロネコ褌は時代遅れで「カッコ悪い」ものとされていったのです。

しかし、その後にあっても中年以上のおじさんたちには、まだまだクロネコ・サポーターを使っておる人が見受けられました。

私が大学生(中部地方)の時に(1960年代末~1970年代初頭)見た光景です。

夏休み中の大学構内のプールで泳いだ老教授が更衣室を利用せず、プールサイドで水泳パンツを脱ぎ、クロネコ一丁の姿になりその上から越中ふんどしを着けておいて、そのあと越中ふんどしの脇からクロネコを引き出して脱ぐという姿を見ました。手慣れた感じで感心したものです。なおその教授はその後、プールサイドにおいてあった袋から取り出した浴衣を着て颯爽と帰って行かれました。その教授は、大学の近くにお住まいでしたから、夏休みに学生たちが利用するプールに、自分も涼みがてらひと泳ぎしようと思っておいでになったのでしょう。何か粋なものを感じました。余談ながら、その教授の講義は勿論三つ揃いの背広姿でしたが、休日などに、大学の近くの道を着物姿で旧制高校の寮歌らしきものを口ずさみながら散歩しておられるのを何度か見かけたものです。

また、その大学のあった地域では、当時は川で泳ぐ人も多く、その川原に「海の家」ならぬ「川の家」のような施設もあり「更衣室」を備えておりました。しかし、中高年の人の中にはそうした施設は利用せず、川原で堂々とした態度で、前述したようなクロネコ利用の方法で着替えしておる人を、1970年代の中頃までは時折見かけたものです。私がそういう人を最後に見かけたのは、思い返してみると、1977年頃であったように思います。

クロネコに愛着のあった私は、社会人となってから再び水泳の際にはクロネコをサポーターとして着用するようになっておりました。80年代になっても、まだいくつかの古くからの店ではクロネコを売っておりました。クロネコは非常に脆弱な紐を使っておるが故に、すぐに切れてしまい毎年新しいものを買う必要がありました。それが購入できなくなったのが80年代の中頃であったように思います。毎年購入しておった店の方に「もう売れないから処分しようと思っておるのだが、よかったらまとめて10本くらい買い置きされてはいかがですか?」という話を聞いたのがその頃であったように思います。事実、その後店を訪れても「もう処分してしまいました。」ということでしたし、他の店をあたっても、同じような返事でした。

クロネコふんどしについては、こんな記憶もあります。

70年代半ばの頃に、岐阜県中部の川沿いの地にあった古くからの雑貨屋さんで、「もっこふんどし」は在りませんかと、訊ねたところ、その店のオリジナルのクロネコを出して来てくれました。昭和30年代半ばまでは「もっこふんどし」がよく売れたので、丈夫でしっかりしたものを作ろうと考え、その店で独自に作ったそうです。当時はまだ「もっこふんどし」姿で泳ぐ子供や大人も多かったので、水泳パンツの下穿きというよりは、それだけで泳ぐのに適したものを作ったとのことでした。水泳パンツを持たずに川に遊びに来て、自分も泳ぎたくなった大人が、今日はとりあえず「もっこふんどし」で泳ごうと考え、買いに来ることも多かったそうです。色は勿論真っ黒ですが、丈夫な綾織りの綿の生地で大きめに作られており、前袋はゆったりとした感じであり、後ろに来る縦みつも十分な幅と長さがありました。ただし、腰に回る横紐は無しなのです。

前述したように、当時の既製のクロネコは特に紐が弱く粗雑で、すぐに切れてしまったり、濡れた状態でコマ結びになってしまうと、クロネコを外すには紐をちぎるしか無くなってしまうのであり、これまた紐が切れては使えなくなってしまうのであります。 そこで、その店のいわばオリジナルのクロネコは後ろの縦みつだけでなく、前袋の上端もいわゆる「もっこふんどし」のように袋縫いというのでしょうか、紐がとおせるように縫ってあり、使用者が用意した紐を通して使うようになっておりました。店の人は、「とりあえずこれを使って下さい」と幅1センチくらいの黒い真田紐を渡してくれました。その場でその前袋の上の紐通しになっておる部分(1センチ3ミリくらいでしょうか?)と後ろ縦みつの上部に紐通しを使って、通してくれました。なるほど、それはとても丈夫で、ちっとやそっとでは切れそうにない紐でしたし、結び目がコマになって困るということもありませんでした。事実、その後何十年も毎夏(と言っても一夏に2、3回ですが)の使用に耐え、半世紀近く経った今も手元にあります。さすがに何度となく水、特にプールではカルキ成分を含んだ水をくぐって、色が褪せ本体も紐も今は随分茶色っぽくなっております。

そのクロネコをピッチリとした水泳パンツの下に穿いたら、分厚くて紐も太いクロネコがくっきりと浮き出てしまい、見栄えが悪いであろうと思われます。しかし、私は水泳と言っても川遊び程度のことしかしないので、以前から分厚いダブダブしたトランクスを着用してきました。数年前までは、今風の裾の長めのスイミング・トランクスとでもいうものの下に着用しておりましたが、もう今では泳ぐこともしなくなり、使うこともありません。しかし、そのクロネコはどうも棄てることができず、未だ保管しております。

クロネコ全盛の頃にはきっと各地で、微妙に違いのある様々なクロネコが作られ、売られておったことでしょうね。色、形状、材質等、豊富な種類があったのではないでしょうか?そういったことをご存じの方がありましたら、是非ご教示くださることを期待しております。

追記
なお文中で、私の育った地域(尾張の北部・木曽川下流域)ではクロネコ褌のことを「もっこふんどし」と呼んでおったと書きましたが、同じ時代に、岐阜県の中・南部や三重県北部でも同じく「もっこふんどし」と呼んでおったようです。というのは、それらの地域に出かけた折、地元の衣料品店や雑貨店で「もっこふんどし」という言葉で訊ねるとあのクロネコ褌を求めることができた経験があるからです。それらの地域の外側とでも言うべき地域では「キンツリ」と呼べば大抵理解してもらえました。また当時それらの地域では「黒猫褌」と呼ぶ人はありませんでした。やはり、その呼称は関西発のものなのでしょうか?

運営者より
尾濃太郎さんこんにちは。このたびは大変貴重な証言をどうもありがとうございます。今から30年~50年ほど前の黒猫褌事情ですね。アンケートの回答を再掲していただきまたが,尾濃太郎さんが小学校6年生のキャンプでご覧になった先生の着替え方は,パンツの裾から黒猫褌を入れて着用し,着用後にパンツを脱ぐというもので,先に褌愛好者さんが中学校の水泳訓練でご覧になった先生の着替え方と同じですね。そのような着用の仕方は当時一般的だったのでしょうか?1980年代になったてもなお黒猫褌が市販されていたとは初めて知りました。私も現物を持っていますが,確かに紐が頼りなくてすぐに切れてしまいそうです。お店オリジナルの丈夫な黒猫褌も売られていたのですね。「黒猫褌」という呼称がいつどこで発祥したのか存じませんが,私の住んでいる広島県地方でも「キンツリ」と呼ばれていたようです。今後ともよろしくお願いします!

証言 45: 2018/04/25
ハンドルネーム
けも
年齢 性別 職業 居住地
20歳 男性 会社員 東京都
表題
初めて六尺褌を締めて
本文

私は今まで越中褌を常用していましたが、六尺褌を頂く機会があったので、実際に六尺を締めてみての個人的な感想や越中との違いについて書こうと思います。

まず、日常使いについてですが、こちらはやはり越中の方が圧倒的に楽だと思いました。着脱もトイレも簡単ですしね。六尺は着脱とトイレがめんどくさく、締め付けのないゆったりとした越中に対し、六尺は締め付けがかなり強いので、私的にはやはり越中の方がいいかなと思いました。ただ、締め付けが強い分ここぞという時など気合いを入れたい時には六尺がいいと思いました。褌を締め直すという言葉の本質が何となく分かった気がします。締め付けによって前立腺が刺激され、下半身が元気になったり気持ちいいのもメリットの1つだと思いました。また、洗濯の面でも、六尺は越中の倍近い長さがあるので、褌は手洗いしている私にとっては結構めんどくさいのがネックでした。

次に、セックスについてですが、先日女性とセックスする機会があったので、六尺を締めて本番をしました。まず、女性の第一印象ですが、越中を見た時は「???」といった感じでしたが、六尺の場合は「褌だ!」と即答で答えてくれました。やはり六尺はお祭りなどでも使われているので、一般の方には褌=六尺のイメージが強いのだと思いました。知っているタイプの褌だったからか、いつもは越中でセックスしていますが、いつもより褌に対する食いつきがよかった気がします。

前戯に関しては、越中だと前垂れの上から愛撫→前袋の上から愛撫→前袋の中に手を入れられ愛撫といったような順で前戯をされますが、六尺の場合締め付けが強く、前袋の中に手を入れるのが難しく、上からの愛撫だけになってしまうので、そこは少し寂しく思いました。挿入時は、越中の場合は私はいつも横から出して締めたまま挿入していますが、六尺は締め付けが強い分横から出すと結構キツキツになってしまうので、脱ぎ捨てるのもアリかなと思いました。ですが、締め付けが強い分、勃起力がいつもより高まってる感じがしました。

また、たまたまかもしれませんが、射精時はいつもより脈打つ感じがあり、コンドームの中に出された精液量から見ても、射精量が増えている感じがしました。締め付けによる前立腺への刺激がこのような結果に至らせたのだと個人的には考えています。後戯に関しては、越中の場合はシャワーを浴びながら相手か一緒に褌の手洗いをしますが、長さが長いためめんどくさいと拒否されてしまい、そこのコミュニケーションが無くなってしまったのが残念でした。

総合的な評価でいうと、六尺はメリットデメリットがハッキリしている褌だと思いました。やはり個人的には越中が1番だと思いますが、六尺は六尺で良いところもあるのが分かったので、用途によって褌を使い分けていきたいと思います。

運営者より
けもさんこんにちは。お久しぶりです。初めて六尺褌を締めてみての感想ですね。締め方の方は大丈夫でしょうか?確に越中に比べると六尺は締めるのも面倒で,締め付けも強いので日常使いには向かないかも知れません。私も常用しているのは越中で,六尺はめったに締めません。海水浴に行くときくらいでしょうか。セックス時のレポートありがとうございます。おっしゃるように締め付けが強い分,前立腺が刺激されて勃起力が高まるというのはあるかもしれません。越中と六尺を用途によって使い分けて,これからも快適な褌ライフを送ってくださいね。今後ともよろしくお願いします!

証言 46: 2018/07/31
ハンドルネーム
越中褌愛用者
年齢 性別 職業 居住地
66歳 男性 年金生活者 東京都
表題
クラシックパンツ
本文

此のネーミングの商品が市場に売りだされたのは今から47年位前でした。当時既にふんどしは極僅かの老人が着用する下着か,さもなくば宗教上で着用されるか祭禮の折に着用する位でした。まして当時の若者には興味の対象では無かった。

私は子供の頃からふんどしには興味があり何時か本物のふんどしをしてみたいと思っていた。当時ふんどし等商店やデパートで販売されてる様な代物では有りませんでした。

私が高校を卒業して直ぐの頃,東京日本橋の三越本店男性下着売り場でまさかふんどしを売っておるとは当然購入しました。但し下着売り場のプライスカードにはふんどしと記載されてました。けしてクラシックパンツでは有りませんでした。

其後東京の他のデパートの男性下着売り場に不思議なネーミングの下着が売りだされました。其れは袋に青色で印刷されたクラシックパンツという名前の商品でした。クラシックなパンツ=越中ふんどし,一目瞭然でした。然も四色揃えて販売されておるという事は,明らかに販売目的は老人相手では無く当時の若者をターゲットにした商品として世に送りだしたのです。白・ピンク・イエロー・サックスの四色でした。後に赤も追加されました。

ふんどしの古臭いイメージを払拭する為クラシックパンツと命名し販売した。当然此のクラシックパンツ当時の若者に受け入れられたのでしょう。私と同年代の若者がクラシックパンツ購入してる所を何回も目撃してました。当時ふんどしブームがあったのもクラシックパンツが有ればこそでした。

其の後クラシックパンツ現在でも脈々と販売されてます。当初は袋に製造元の記載は有りませんでしたが,暫くしてクラシックパンツの下にアングルと記載され其の後アングルミユキ(現在は袋の裏にアングル株式会社と記載)されてます。

当初販売されていたクラシックパンツは全幅の晒,脇耳縫いは無く布長は100㎝でした。現在販売されておるクラシックパンツは布長が110㎝に代わりました。初期のクラシックパンツを着用すると前の下がりは正方形の可愛い下がりでした。現在のクラシックパンツは長くなった分下がりは長四角で其れ也にカッコイイものです。

私の私感ですが越中ふんどしの長さは110㎝が妥当ではと思います。120~130㎝位になると洋装だと下がりが邪魔になり気持ち悪いものです。アングルのクラシックパンツが現在も販売されておるという事は今も愛用して居る人がいるという事です。

運営者より
越中褌愛用者さん,こんにちは。越中褌が「クラシックパンツ」という商品名で市販されているのは周知のことですが,その始まりの事情を細かく教えていただきどうもありがとうございます。証言性が高い投稿なので今回は「ふんどしの証言」に掲載させていただきました。お話を聞くにこの商品は当初から若者をターゲットにしていたのですね。今日では若者をターゲットにした褌がネットを中心に多数出回っていますが,そのはしりとも言えるでしょう。越中褌の長さは私も110cmくらいが丁度よいと思います。貴重な証言をどうもありがとうございました。今後ともよろしくお願いします!

証言 47: 2018/08/14
ハンドルネーム
越中褌愛用者
年齢 性別 職業 居住地
66歳 男性 年金生活者 東京都
表題
けもさんの話によせて
本文

貴下ふんどし研究会の読者の証言コーナーに今回はクラシックパンツを掲載され其れを閲覧した時,一つ前のけもさんの証言を読んで感じた事を述べます。

けもさんが彼女とSEXの折六尺で臨んだ時,いざ事に及ぶ時立った一物を彼女の中に挿入するのに褌を外すか其の侭で脇から出して挿入するか,結局締めた儘挿入した方が前立腺を刺激するからとの事でした。確かに六尺を締めてSEXしたり自慰するとより刺激的になる。其点越中では緩い分刺激が少ない事はけもさんが述べた通りです。

其為男色者が良く六尺しているのも頷けます。昔或る作家が六尺褌してアピールしファンの若者を集め或る会を立ち上げ,全員に六尺をさせ尚且つ彼等と男色し更にご本人は六尺で切腹してしまった・・・。

私は自慰の時最近は六尺でやります。キリっと締めると前立線と活脱筋を刺激しながら前袋の上からしごき,最期其の侭六尺の中に出して果てます。すいません今回も尾籠な話になってしまいました

運営者より
越中褌愛用者さん,こんにちは。セックスやオナニーの際六尺を締めると前立腺を刺激して性欲が増すというのは確かなようですね。私はオナニーの際は越中を締めていることが多いです。脇から出してできるのでその点では褌は便利ですね。今後ともよろしくお願いします!

証言 48: 2018/09/01
ハンドルネーム
1151
年齢 性別 職業 居住地
80歳以上 男性 無職 東京都
表題
思い出話
本文

これまで、いろいろ面白いお話を多くの方の投稿から読ませていただきましたが、特に記憶にあるのは、「海どじょう」さんのお話です。最初に面白いと思ったのは、川で投網を打っていた人が、水で濡れた「簡易・倹約型褌(もっこ褌)」をしていたのを見たときのお話です。確かに、あれはショックだったでしょう。

戦前、「赤本」とう家庭の医学の本が、多くの人に読まれていましたが、その中で日光浴の効用が強調されていました。表現は忘れましたが、全身を焼くのがよいと書いてあり、海岸などで全裸での日光浴をしているのを見ても、なんとも思いませんでした。しかし、終戦直後、田舎町で肉屋のおやじさんと思われるひとが、濡れてはいないが、モロ透けのもっこ褌をして、多くの通行人に見られているのに平然としていたのには驚きました。「海どじょう」さんの「簡易・倹約型」というのは本当によさそうですね。私が越中を止めたのも前垂れが邪魔だったからです。

「海どじょう」さんが、褌での水泳訓練について詳細に書かれていますが、私の場合は戦中だったので、最後の頃などは、水泳訓練では6尺褌をすることになっていたのですが、布のない時代だったので、キンツリが多く、なんとか流とかをやっていた人だけは、全幅での6尺褌にこだわっていたようでした。私は半幅だけしか使ったことがありません。

小学校時代の話を。5年生ころだったと思いますが、学校からプールにいくことになりました。プールは川の近くにあり、泳げる者は深いプール、泳げない者は浅いプールに入りましたが、特に、訓練のようなものはありませんでした。生徒は男女別にござを利用していましたが、先生方は小さなござに、男女一緒で、昼食時など、男の先生達は、キンツリや6尺を緩めたりして、女の先生方の笑い声が絶えませんでした。生徒の方は、男子の生徒の一人がキンツリの上にワンピースの水着を着ていたのですが、恥ずかしくなって、昼食後は水着を脱ぎました。

昼食後、プールサイドで休んでいると、友人がいきなり「チンポ切り」と、絶叫というほどではありませんでしたが、前袋にカマキリが。近くにいた先生が「水カマキリ(和名)」と言うんだと教えてくれました。普通のカマキリより小さく、弱弱しく、騒ぐほどのことではありませんでした。このころ川には、通常、ゲンゴロウがいて、女性に悪戯をすると言われていました。確かに、あの色艶から、潜り込むのではないかと言ったりしたのでしょうか。

運営者より
1151さんお久しぶりです。メールで頂戴したお話をご本人の許可を得て掲載します。戦前・戦中の褌事情,特に水泳の褌事情について貴重な証言をどうもありがとうございます。キンツリ(黒猫褌)というのが,布が貴重だった時代に普及していたことがよくわかります。今後ともよろしくお願いします!

証言 49: 2018/12/15
ハンドルネーム
海どじょう
年齢 性別 職業 居住地
67歳 男性 年金生活者(兼団体職員) 山口県
表題
褌の自分史22 (水泳用六尺褌の締め方)
本文

長らくご無沙汰しておりました。毎度昔話が長い海どじょうです。ようやく水泳用六尺褌の締め方三種類を解説する図解が完成しました。

今回は私が小学4年生の時から現在まで、60年近く六尺褌一本で泳いできた中で経験してきた、水泳時の六尺褌の締め方三種類について書いてみます。

これから使う三種類の水泳用六尺褌の締め方呼称は、昭和30年代後半のとある国立大学附属中学校において 六尺褌一本だけで鍛えられた水泳訓練の時に、指導に当たられた体育主任教官のH先生が使っていらしたものです。必ずしも現在の褌愛好家や日本泳法の世界で一般的な呼称ではありません。また、これらの呼称と書籍上の記述や記録写真といった他の記録物とが矛盾している場合もありますが、あくまで私・海どじょうの記憶を書き記したものとしてお読みください。

なお、以下の図解は東京都内の小学校で配布されている六尺褌の締め方の図解を参考にして作成しました。

1 「陸式」

これは、私が初めて本式の六尺褌で泳ぐようになった小学4年生のときに、祖母と父親から教わった締め方です。

この締め方は、六尺褌初心者である小学生にも教えやすく、しかも腕力が弱い子供や初心者でも、見た目がきちんと整った締め上がりにしやすいものです。さらに、水に濡れて緩んだ褌を増し締めするとき、最初に後ろミツに巻き付けた方の褌の端を解くだけで、簡単に堅く増し締めすることが出来るので、初心者でも素早く増し締め出来るという利点もあります。

一方、この利点は裏返すと、褌の締め込みは最初の後ろミツへの巻き付けが大部分を担っているため、泳ぎが下手で体幹が常にぶれている者は、一度こちら側が緩み出すと短時間のうちに緩みが進んで、褌が一気に解けてしまいやすいという欠点があります。

以下に陸式の締め方を図解で示します。

①-1 褌の端Ⓐを、掌の長さくらい背中に回るように肩に掛ける。褌の布が動かないように左手で肩のところを押さえているか、首を左にかしげて布を押さえているかすると良い。

①-2 褌の端Ⓑを右手で持ち股を通し、尻の割れ目にしっかり通してから、腰骨の位置で斜め上に強く引き上げる。

陸式1

②-1 褌の端Ⓑを右手で持ち、右腰から反時計回りで腰に回す。

②-2 褌を臍の下、指2本幅位のところを通してから、端Ⓑを左手に持ち換え、左腰のところでグッと引っ張り、背中側に回す。

陸式2

③ 褌の端Ⓑを背中側に回したところで、右手に持ち換える。褌の端Ⓑを尻の割れ目のすぐ上で縦ミツの下に通してから、左斜め上に向けてグッと引き上げる。

陸式3

④-1 褌の端Ⓑを左手に持ち替え、もう一度グッと左斜め上に引き上げる。

④-2 このとき肩に掛けている褌の端Ⓐが動かないように、首を左にかしげて強く押さえていると良い。

陸式4

⑤-1 両手が同時に自由に使えるようにするため、褌の端Ⓐを口でくわえるか顎で強く押さえておく。

⑤-2 左手に持った褌の端Ⓑを、左後ろ横ミツにしっかり巻き付けていく。

⑤-3 このときに右手親指を、背中の縦ミツと横ミツを交差させた所に差し込んで、後ろ横ミツを少し浮かせると、褌の端Ⓑを横ミツに巻き付けやすい。

陸式5

⑥-1 口にくわえるか顎で押さえていた褌の端Ⓐを左手に取り、一度グッと引き上げたから股を通す。

⑥-2 股を通すときに、褌の端Ⓐを1回縦ミツに絡めてから、右手に持ち換えて、グッと真上に引き上げる。

陸式6

⑦-1 右手に持ち替えた褌の端Ⓐを尻の割れ目に通し、右後ろ横ミツの下を通してから、もう一度グッと引き上げる。

⑦-2 引き上げた褌の端Ⓐを軽く斜め上に引っ張りながら、右後ろ横ミツにしっかり巻き付ける。

⑦-3 このとき左手親指を、背中の縦ミツと横ミツを交差させた所に差し込んで、後ろ横ミツを少し浮かせると、褌の端Ⓐを横ミツに巻き付けやすい。

陸式7

⑧ 陸式で泳褌(エイコン:陸軍での水泳用六尺褌の呼び方)を締めたときの後の形

陸式8

2 「海軍式」

これは、私の通っていた国立大学附属中学校の体育主任教官・H先生が、長時間泳がなければならない場面で推奨していらした締め方です。中学2年生の時の臨海水泳訓練では、六尺組(小学生の時から六尺褌だけで泳ぎ続けている男子生徒のこと)全員と上級者が、この締め方で白褌を締めて長時間泳がされました。

現在夏に不定期で通っている水術の道場でも、この締め方が採用されています。この締め方は、締め始めの時に肩にかけている方の褌の端を、股に通した後に縦ミツに細かく巻き付けてゆくため、泳ぎが下手で体幹が常にぶれていても、褌が水に濡れた後、「陸式」のように、泳ぐにつれて褌の緩みが急速に進むことがなく、少し緩んだ後はその状態を長時間保てるという利点があります。

ただし、この締め方では、かなり熟練しないと、褌の端を後ろ縦ミツに巻き付けてゆくときに、後ろ縦ミツ自体が肌から浮き上がりやすく、結果的に最初から前袋と後ろ縦ミツが弛んだ、一種のユルフン状態になりがちだという欠点があります。

また、「陸式」のように最初に後ろ横ミツに巻き付けた方の褌の端を解いただけでは、効果的な増し締めをすることが難しく、褌がかなり緩んでしまったときは、完全に褌を解いて一から締め直さないといけなくなります。さらに、締め直しの際褌を元の一枚布の形に広げるには、後ろ縦ミツに細かく巻き付けてある部分を解いてから広げる手間が増えて、かなり時間を要する(要するにフリチンでいなければいけない時間が長くなる)という欠点もあります。

以下に海軍式の締め方を図解で示します。

①~③までは、基本的に陸式と同じ手順です。ただし、①のところで最初から褌の端Ⓐを、先端がヘソの位置に来るように折り返して口にくわえるか顎で押さえておくことと、②の所では褌の端Ⓑをヘソの真上を通し、横ミツをヘソが完全に隠れる高さに締めることが異なっています。

海軍式1 海軍式2 海軍式3

③-1 褌の端Ⓑを縦ミツの下に通したところで、右手で右斜め上にグッと引き上げるところが、陸式と異なっています。

④-1 右手に持った褌の端Ⓑを軽く斜め上に引っ張りながら、右後ろ横ミツにしっかり巻き付ける。

④-2 このとき左手親指を、背中の縦ミツと横ミツを交差させた所に差し込んで、後ろ横ミツを少し浮かせると、褌の端Ⓑを横ミツに巻き付けやすい。

海軍式4

⑤-1 口でくわえるか顎で押さえていた褌の端Ⓐを左手に取り、一度グッと引き上げてから股に通す。

⑤-2 このとき右手で前横ミツを押さえておくと良い。

海軍式5

⑥ 股を通して後に回した褌の端Ⓐを右手に取り、一度グッと上に引き上げてから、軽く斜め上に引き上げながら縦ミツに5回以上堅く巻き付けてゆく。

海軍式6

⑦-1 縦ミツに巻き付けてきた褌の端Ⓐを、右手から左手に持ち替えて、左後ろ横ミツにしっかり巻き付けてゆく。

⑦-2 このときに右手親指を、背中の縦ミツと横ミツを交差させた所に差し込んで、後ろ横ミツを少し浮かせると、褌の端Ⓐを横ミツに巻き付けやすい。

海軍式7

⑧ 海軍式で水泳帯(スイエイタイ 海軍での水泳用六尺褌の呼び方)を締めたときの後の形

海軍式8

3 「高師流」

これは、私が附属中学2年生のときに、東京のTK大学附属中学校から転校してきたYd君が、東京のTK大附属小・中学校水泳部で教えられていた褌の締め方です。

現在も残っている東京の「フンドシ学校」のうち、指導する泳法として水府流太田派を採用している学校は、多くがこの締め方を教えているように見えます。

この締め方は、1の「陸式」によく似ていますが、胴を回してきた方の褌の端を折り返した後、後ろ横ミツに仮止めするか左手で持ったままにしておいて、肩にかけていた方の端を股に通して後ろに持ってきて、後ろ横ミツに巻き付ける前に、仮止めあるいは左手で保持していた方の端ではさみ込んでから、双方とも後ろ横ミツに巻き付けて行くところが異なっています。

以下に高師流の締め方を図解で示します。

①~③までは、基本的に陸式や海軍式と同じ手順です。ただし、①のところで最初から褌の端Ⓐを、先端がヘソの位置に来るように折り返して口にくわえるか顎で押さえておくことは海軍式に似ていますが、②の所で褌の端Ⓑをヘソのやや下寄りに通し、横ミツをヘソの高さより下寄りに締めても良いところは陸式に似ています。

高師流1 高師流2 高師流3

③-1 褌の端Ⓑを縦ミツの下に通したところで、一度右斜め上にグッと引き上げるところは、海軍式に似ています。

④-1 右手で褌の端Ⓑを右斜め上に引き上げた後、左手に持ち替えてから、左斜め上に向けてグッと引き上げる。

④-2 褌の端Ⓑは、そのまま左手で引っ張り続けていても、左後ろ横ミツに軽く1回絡めて仮止めしておいても、どちらでも良い。

高師流4

⑤-1 口にくわえるか顎で押さえていた褌の端Ⓐを右手に持ち、一度グッと上に引っ張ってから股に通して、背中側に回す。

⑤-2 褌の端Ⓐを股に通すとき、股下で縦ミツに1回絡める。

高師流5

⑥-1 右手に持っている股を通してきた褌の端Ⓐを、左手に持っている褌の端Ⓑの下を通すようにして、背中で横ミツと縦ミツが交わっているところで一度交差させる。

⑥-2 交差させた後、褌の端Ⓐと褌の端Ⓑを、斜め上45度位に一度グッと引っ張る。

高師流6

⑦-1 右手に持つ褌の端Ⓐを右後ろ横ミツに、左手に持つ褌の端Ⓑを左後ろ横ミツに、両手を別々に使って同時に各々の横ミツに堅く巻き付けてゆく。

⑦-2 両後ろ横ミツに褌の端を巻き付け終わったら、左右脇の横ミツを手で揺すって、横ミツの位置を決める。

高師流7

⑧ 高師流で水褌(スイコン 日本泳法界での水泳用六尺褌の呼び方)を締めたときの後の形

高師流8

これら3種類の締め方の得失を、長年六尺褌一本で泳いできた私の経験から考えてみると、1の「陸式」は、初心者でも簡単に習得しやすく、見た目形良く締めやすいですし、締めたり解いたりするのに要する時間も短く、かつ増し締めも容易です。

褌だけで泳ぐ時間が短く区切られているのであれば、游ぎがあまり上手でなくて泳いでいる間常に体幹がぶれている初心者でも、褌が緩んだときに増し締めが容易なこともあり、この締め方が一番使いやすいかなと思います。

2の「海軍式」は、1の反対で、褌をきちんと締められるようになるにはかなりの修練を要しますし、締めたり解いたり、増し締めしたりするのに要する時間は、熟練者でも「陸式」に比べればそれなりに必要になります。

しかし、游ぎがあまり上手でない者が、30分以上続けて泳がなければいけない場面、たとえば臨海学校での時間泳ぎ訓練や、私が通っている水術の道場での稽古では、この締め方でないと役に立ちません。

私は、水術の道場で、最初のうちは陸式で褌を締め、足の着く比較的浅いところで稽古をしていたので、途中で褌が緩んでくると水底に足を着いて立ち上がり、水中で増し締めや締め直しをしていました。

ところが、ある程度泳げるようになると、足の着かない深いところで20~30分間続けて泳ぐ事になるため、稽古の途中で褌が緩んできても、水底に足を着いて立ち上がって増し締めする事ができなくなり、結局「海軍式」の締め方で褌を締めて稽古するようになりました。

この水術の道場では、入門し立ての初等科の男の子達(小学1年生以下)にも、最初から修得に時間を要する「海軍式」で白六尺褌を締めるように教えています。最初のうち初等科の男の子達は、「海軍式」で褌を締めるのに苦労していますが、先々のことを考えるとこのやり方は実に合理的だなと、私は感心しています。

3の「高師流」については、私がこの締め方で褌を締めて長時間泳いだ経験がないので、なんとも評価しにくいのですが、中学時代のクラスメイト・Yd君から聞かされた限りでは、長時間泳ぎ続けてもあまり緩まないようにきちんと締め込めるようになるには、かなりの修練が必要なようです。

昭和50年頃に撮影された日本泳法模範演武の記録映画を見ると、水府流太田派の結構激しい動きの泳法数種を、この締め方の半幅黒褌一本で連続して泳いでいる場面が出てきます。また、水府流太田派の游ぎを採用している「フンドシ学校」で、黒褌一本で指導に当たっている成人OBの皆さんの締め方は、ほとんどがこれのように見受けられます。

「高師流」の締め方は、半幅の細い褌を見栄え(後ろ横ミツへの巻き付けを目立たなくする)良く締めるには最適のように思えますが、実際にやってみると、長時間泳ぎ続けても緩まないように締めるのは、非常に難しいと感じています。

運営者より
海どじょうさん,こんにちは。この度は大変貴重な証言をどうもありがとうございました。これは水泳用六尺褌の締め方の決定版ではないでしょうか。「陸式」「海軍式」「高師式」という3種類の締め方の違いが手に取るようにわかります。「海軍式」は本サイトのふんどしの基礎知識でご紹介している締め方に近いですね。一方「高師式」は同じくふんどしの研究でご紹介している「交差方法B」の締め方に近いですね。「陸式」は本サイトではご紹介していませんが,褌専門店のサイトに掲載されている締め方はこれに近いですね。それぞれ一長一短があることもよくわかります。源流は日本泳法の流派に行きつくのでしょうが,それが明らかになるとなお興味深いでしょうね。今後ともよろしくお願いします!

証言 50: 2019/01/16
ハンドルネーム
みかど
年齢 性別 職業 居住地
       
表題
ご参考までに
本文

「みかど」と申します。アンケートに答えたきり故(苦笑)、これが初投稿となります。

水泳用の六尺褌につき、手許に斯様な物のあった事を思い出し、該当部分を撮影の上、添付させて頂きました。公的機関の手になる以上、一応、往時帝國陸軍の「公式(は大袈裟に過ぎましょうが)」と看做し得るかと思われます。何年か前の上京時に古書街で入手した物です。帝國陸海軍への関心から此方へスピンオフし、未だ継続中の「軍事/褌兼業マニア(笑)」としては、実に有難い一冊でした。

「遊泳教育の参考」、陸軍教育総監部発行、昭和17年4月付発行の、いわば教本でしょうか。図に準拠の限りでは、「海どじょう」様仰せの「海軍式」に、横褌の処理が類似しているやに。そこへ「高師流」の縦褌処理を組み合わせたものにも見えます。

みかど様ご提供の資料
(クリックで拡大)
表紙 図

因みに、小生は、下着としては「陸式」を基本に、後ろへ回した前袋の端を一回縦褌に絡め、右腰に巻きつけ、水泳用は(もう何年もご無沙汰ですが)、ほぼ「高師流」にて、始めた頃より続けて居ります。ただ、折角、斯くして陸軍さんの締め方(の一端)も知った事故、いずれこれも試してみたく思って居ります。

それと、余談ですが、「陸式」という言い方、小生も海軍シンパ故、そちら側に評価の軸足を置いての物言いを頻繁にして居りますが、その場合、単に陸軍式を示すに非ずして、陸軍への「蔑称」的な意味合いが結構滲む物である事を申し添えておきます。

運営者より

みかどさん,こんにちは。貴重な資料をご提供いただきどうもありがとうございます。拝見したところ,海どじょうさんの言われる「高師流」と本質的には同じ締め方のように思われます。相違点は横褌を後ろで縦褌に絡ませる際,「高師流」では内側からくぐらせて外側に抜いているのに対し,この図の締め方では外側からくぐらせて内側に抜いている点だと思います。そうすると絡ませたポイントで横褌が縦褌に押さえられて,より緩みにくくなるものと思われます。旧陸軍の教本とのことですが,海どじょうさんの言われる「陸式」とは異なる締め方となっていることが興味深いです。

なお,海どじょうさんが「陸式」という呼称を用いておられるのは,海どじょうさんの中学生時代の体育教官であったH先生が旧海軍出身で,当時そのように呼称しておられた事実に即したものです。海どじょうさんもそれが旧海軍出身者特有の「上から目線の言い方」てあることは承知しておられ,初出の記事でそのことに触れておられます。それでは今後ともよろしくお願いします!


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