ふんどしの証言

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証言番号

証言 21: 2016/09/08
ハンドルネーム
海どじょう
年齢 性別 職業 居住地
65歳 男性 年金生活者(兼団体職員) 山口県
表題
褌の自分史(8 中学1年の水泳訓練 (3) )
本文

昔話専門の海どじょうです。今回は中学1年の水泳訓練2日目です。

初回の水泳訓練から1日おいた土曜日の午後、本来なら授業はないはずの5、6時限目に、2回目の水泳訓練が行われました。この日は前回と異なり晴天で、しかも蒸し暑い日となりました。

昼の弁当を食べてから、着替えのためにB組の教室に行くと、前回は風を通すために少し空かしてあった廊下側の窓も教室入口の引戸も、ピッタリ締め切ってありました。六尺組のSi君が入口の引戸を思い切って一杯に開けると、中からムワットとした熱気とともに、「戸を大きく開けるな、中が見える。」という叫び声が吹き出してきました。D組男子の先頭にいた六尺組4人が中をのぞくと、運動場側の窓も締め切ってあるようで、おまけにカーテンまで引いてあり、雨の日以外は使ってはいけない教室の蛍光灯が点灯してありました。

教室内にこもっている熱気がすごいので、夏の間雨天でない限りいつも屋上で体操服に着替えていたD組の10人くらいは、「こりゃあ暑いぞ。屋上で着替えよう。」と言いながらUターンしました。するとB組の六尺組4人がズボンを穿いただけの上半身裸で、「俺たちもそうしよう。暑くてかなわん。」と言いながら教室から出てきたので、一緒になって屋上に上がりました。屋上に上がった14、5人は、全員さっと素っ裸になると、赤六尺褌をゆっくり締めてゆきました。D組とB組の六尺組10人は、六尺未経験者よりも早く褌を締め終わったので、締め方が少し緩いような六尺未経験者を手伝って、全員赤褌を出来るだけ固く締め上げました。制服と下着を、水泳用のタオルと赤六尺褌を包んできたビニール風呂敷に包んで、全員分をまとめて屋上出入口のホールに並べて置いてから、14、5人が揃って体育館に向かいました。

体育館に向かう途中で、六尺未経験者5人が、ときどき尻の縦ミツに指を突っ込んで肌との間に隙間を作ろうとするので、私たち六尺組が、「縦ミツを浮かせようとしてあまり指を突っ込んでいると、せっかく固く締めたフンドシが緩んでしまうぞ。」と注意しました。これに対して六尺未経験者たちは、「前回の訓練の時、六尺が大きく緩んでチンコと金玉がほとんど丸見えになったのには参った。だから今日は、出来るだけ六尺をきつく締めたら、今度は歩くだけで縦ミツが尻の穴にこすれて痛くなってきた。だから、少し隙間を作ろうとしているのだ。」と言って、隙間を作ろうと後ろ縦ミツに指を突っ込むの止めませんでした。私たち六尺組は、必要以上にきつく六尺褌を締めて歩いたり泳いだりすれば、尻の穴と褌の布がこすれて痛くなることを小学生の時に体験していて、痛くならない程度で褌は十分固く締められる微妙な手加減を知らず知らずのうちに体得していたのですが、泳ぐためにしっかり六尺褌を締めるのが今日で2回目の六尺未経験者たちは、前回のユルフン、チン・玉チラにこりて今度は固く締め込みすぎたために、こんな動作をすることになったのです。

私たち屋上で赤褌を締めたB組とD組の男子14、5名が体育館には一番乗りでしたが、あとからやって来た男子の中には、依然としてバスタオルを腰に巻いて赤褌を隠そうとする者がいて、教務主任のM先生から一喝されては、慌ててバスタオルを外していました。初日と同じように、まず水泳体操を7、8分しましたが、このときも後縦ミツと肌の間に指を突っ込んで、褌の布が尻の穴にこすれるのを防ごうとしている者がかなり見受けられました。水泳体操が終わったところで、体育主任のH先生から男子に対して、

「この前の訓練の時のように、泳いでいる最中や泳ぎ終わってプールから上がったところで、六尺がずり落ちたり外れる者が多数出るようでは、安全上からも非常に問題がある。今日は、1コマ目の訓練が終わったところで、必ず全員に六尺の締め直しをさせるから、男子は全員そのつもりでいろ。この前のように増し締めだけでは許なさいから、覚悟しておけ。」と注意がありました。

初級者区画での1コマ目の訓練では、全くあるいはほとんど泳げない女子30人くらいはとにかく水に慣れる練習を、なんとか5m以上泳げる者から一応プールの横幅を泳ぎ切れる者までの男子30名弱と女子15名くらいは、男女とも市道側から水に入ってプールの横幅15mをとにかく足を着かずに泳ぎ切る練習をさせられました。

訓練の一コマ目が終わって全員がプールサイドに上がったところで、各区画の主任教官であるT、I、Mの三先生が、男子生徒に向かって、

「先ほど体育館でH先生から指示があったように、今から男子全員、その場で六尺の締め直しを行う!必ず六尺を完全に解いてから、きちんと一枚布の形に広げて、最初から締めなおせ。男子は、プールに背を向けて、道路側を向け!この道路は昼間ほとんど人が通らないから、六尺を解いてフリチンになっても見られる心配はない。女子も、プールを背にして校舎側をむけ。先生がヨシと言うまでは、プール側を向いて男子の方を見てはならん!それでは今から、男子は六尺を外して締め直しを始める、総員締め直しにかかれ!」とほとんど同時に指示されました。

六尺組や前回游泳中に褌が解けて外れた者が出た上級・中級区画の男子は、ほとんどが覚悟を決めて、さっと六尺褌を解いて素早く一枚布の形に広げてから、さっさと締め直してゆきました。ところが初級区画の男子の半分くらいは、プールサイドで褌を外して全裸になるのに躊躇して、褌に手をかけたままグズグズしていました。これを見とがめたT先生と助手のHr先生は、

「ぐずぐずせずに、さっさと六尺褌を外して締め直せ。あと3分のうちに六尺褌を締め直さない者は、そのままで泳がせるからな。今度の訓練中に六尺褌が外れた者は、一コマ20分が終わるまで素っ裸で泳がせるから、覚悟しておけ!」と、全裸になって褌を締め直すことを躊躇している初級者14、5人を叱咤されました。

両先生の剣幕に驚いた初級者達は、慌てて六尺褌を外すと、大急ぎで一枚布の形に広げてから、頼りない手つきで締め込み始めました。初級者区画で二人だけの六尺組である私とMk君が注目していると、全裸になって褌を締め直すことを躊躇していた14,5人の締め直しは、慌てているためにかえって緩フンになっている者が多いように見受けられました。

主任教官のT先生と助手のHr先生もこれに気づかれたようで、T先生が初級者男子全員に向かって、

「一応全員六尺を締め直したな。せっかく六尺を解いて締め直させたのに、どうもかえってユルフンになっている者が多いように見える。これからわしがC、D組を、Hr先生がA、B組を分担して、全員の六尺の締め込み具合を点検することにする。六尺組のMkはHr先生を、Sbは儂を補助してくれ。H先生、上級と中級は先に訓練を初めてください。」とおっしゃいました。

私はT先生に従って、先生がユルフンだとして締め直しを指示された者が褌を固く締め直すのを手伝ってゆきました。初級者男子のうち半分弱が締め直しの対象となりましたが、休憩時間を10分以上延長して、どうにか全員が先生方から合格点をもらえるくらいに褌を締め直しました。

初級者区画では、男子が褌を締め直すのに時間を要したために、2コマ目の訓練時間が5分くらい短くなりましたが、訓練の内容は1コマ目と同じものでした。男子の様子を見ていると、プールの横幅15mを泳ぎ終わるたびに、ほとんどの者が後縦ミツと肌の間に指を突っ込んでは、尻の穴に当たる褌の圧力を緩めようとしていました。2コマ目の訓練が終わってプールサイドに上がる初級者男子の褌の状態を、プールの中から見上げていた私は、昨日のように縦ミツが大きくたるんで下からチンコや金玉を覗ける者がほとんど居ないことに気付きました。

2回目の休憩時間に上級や中級の男子の様子を見ると、多くの者が背中側の褌の巻き付けを緩めてぐっと増し締めしていました。ところが、初級者区画では、褌をきつく締め込みすぎたのか、横ミツと体の間に手の平を突っ込んで、横ミツの締め付けを緩めようとしている者がかなりいることに気付きました。初級者区画主任のT先生と助手のHr先生もこれに気付かれたようでしたが、あえて何も言わずに素知らぬ顔をしておられました。

初級者区画3コマ目の訓練では、一応泳げる者の泳力試験が行われました。今日の泳力試験では、プールの横幅15mをなるべく足を着かずに泳いで行き、帰りは何度足を着いても途中から水中を歩いても良いから出来るだけ泳いで、とにかく出発した岸まで戻ってくることが求められました。まず男子が、A組から水に入ってクラス別に泳ぎました。私は、往路は一度も足を着かすに泳ぎ切りましたが、復路はあと1身長くらいのところで息継ぎに失敗して鼻に水が入り、そのために足を着いてしまいました。この泳力試験の結果、男子の1/3位が足を着かずにプールの横幅を往復できたとして、水泳帽を裏返し白帽として被ることを許されました。また、女子15人のうち3、4人が、同じように白帽になりました。

この3コマ目の訓練、初級者区画では、初日のように褌が大きく緩んでずり落ちたり、泳いでいる最中に解けたりする者は出ませんでした。しかし、最後の泳力試験で必死に泳いで水から上がると、全員褌の前袋が中に寄って幅が狭くなっている上に、多くの者が尻の穴に褌の布がこすれるのを嫌って縦ミツを緩めようとし続けたために、少し前屈みになるだけで褌の前袋がたるんで、横からチンコと金玉が覗けて見える状態になっていました。まだ前袋の中身が小さい者はそれほどでもありませんでしたが、中身の発育が良い者はその重みで前袋のたるみも大きくなって、横から見ると結構ハッキリ覗けて見えていましたが、本人はほとんどそのことに気付いていませんでした。

訓練が終わって1年生全員が体育館に戻ったところで、体育主任のH先生が男子生徒全員に向かって、

「今日は、プールから上がった途端に六尺がずり落ちたり、泳いでいる最中に六尺が解けて外れたりする者は、前回の訓練に比べてきわめて少なくなった。1コマ目の訓練が終わったところで、全員一斉に六尺を締め直させた効果は十分あったと思う。いいか、乾いた六尺で水に入れば、水を吸った六尺は必ず緩んでくる。この人数では、六尺が緩んだことに気付いた者が、水中で個別に六尺を解いて締め直していては、訓練の妨げになるから、次回も最初の休憩時間に、全員一斉に六尺を締め直させることにする。初級者区画では、素っ裸になって六尺を締め直すのを恥ずかしがった者が多かったために、2コマ目の訓練時間が短くなってしまった。六尺を締めるのに時間がかかる者は、家でしっかり練習して、まずは3分以内に六尺を固く締め込めるようにしてこい。そうすれば、自然と全裸でいる時間は短くなる。わかったな!」と指示されました。

私たち男子の「わかりました」の声がばらばらで小さかったため、教務主任のM先生から「貴様ら、声が小さい!わかったのなら、大きな声で返答しろ!」の叱責が飛びました。私たちが慌てて、声をそろえて出来るだけ大きな声で「わかりました。」と返答すると、M先生とH先生は満足そうに「よろしい。その返事をしてこそ附中健児だ。今日は全員良くやったな。これにて解散!」とおしゃって、2回目の水泳訓練は終わりとなりました。

運営者より
海どじょう様こんにちは。前回ユル褌で失敗した褌1年生たちが,今度はきつく締めすぎて失敗したという,ユーモラスなお話の長文投稿を,どうもありがとうございます。昭和30年代末期の中学生は,こんな珍事を体験していたのですね。続きが楽しみです。今後ともよろしくお願い申し上げます!

証言 22: 2016/10/21
ハンドルネーム
海どじょう
年齢 性別 職業 居住地
65歳 男性 年金生活者(兼団体職員) 山口県
表題
褌の自分史(9 中学1年の水泳訓練 (4) )
本文

昔話専門の海どじょうです。今回は中学1年時の水泳訓練の後半、3回目の訓練のお話です。
1回目と2回目の訓練が行われた翌週、7月15日(月)と17日(水)の3・4時限目に、3回目と4回目の訓練が行われました。
附属中学校では2時限目と3時限目の間の休み時間は15分しかないのですが、幸いこの2日とも晴天でしたので、前回訓練のときに屋上で褌に着替えたD組とB組の仲間15、6人は、2時限目が終わるとすぐに屋上に上がって、素っ裸になって素早く赤六尺褌を締め込みました。
六尺組以外の「六尺未経験者」も、家でかなり褌の締め方を練習して来たようで、この前よりは褌を締める速度が速くなり、締める手際も良くなっていました。同じD組の六尺未経験者4人から頼まれて、私とK君、Sa君Si君が彼らの褌の締め込み具合を点検しましたが、相当しっかり締め込んであって、これなら厳しい教務主任のM先生からも、「貴様らのフンドシの締め方は、おおむね良好!」と評価されそうな出来栄えでした。
屋上の反対側にある出入り口の周りにも人影が見えたので、褌を締め終わってから皆で行ってみると、C組とA組の六尺組中心に12,3人が褌を締め終えるとろでした。屋上で赤六尺褌に着替えた1年生男子30人くらいが揃って体育館に行ってみると、黒ナイロンの競泳用水着(20年くらい前の小学生女子用スクール水着のようなスタイル)に着替えたD組とB組の女子が既に整列していました。
ところが、休み時間が終わりそうになっても、教室で褌を締めていたはずの他の男子生徒が半数くらいしかやって来ないので、業を煮やした教務主任のM先生が、とうとう校内放送で「1年生男子はさっさと体育館に集合しろ!」と督促されました。
3時限開始のチャイムが鳴った直後に、ようやく教室で着替えていた残りの1年生男子が体育館に駆け込んできました。
ようやく1年生全員が揃ったのを、渋い顔をして確認された体育主任のH先生は、

「男子は六尺を締めるだけなのに、なぜこんなに時間がかかるのだ。 女子より大幅に遅れて体育館に来るなど、授業開始のチャイムに遅れて来た男子は、水泳訓練を受ける心構えがなっておらん。
先週の訓練の後で、六尺を3分以内に締め込めるように練習しておけと指示したはずだ。次回からは、男子全員さっさと六尺を締めて、女子より早く体育館に集合するように心がけろ。」と、厳しく注意されました。

その後、例によって水泳体操を7、8分やってから、プールに向かいました。体育館に遅れて来た男子の褌の締め方を、体操が終わった後でそれとなく見ていると、どう見ても緩フンに見えるものが4割近くいるように思えました。
初級者区画での3日目の訓練は、一応泳げる者は、中級者区画に近い側でなるべく足を着かないようにしてプールの短辺を泳いで往復する練習を、泳げない女子はスタート台に近い側で、水に顔をつけられるようになった者はバタ足の練習、それ以外は水に慣れる練習を続けていました。
一応泳げる者は男女交互にプールに入って、最低限片道だけは足を着かずにプールの短辺を泳ぎ切るように往復練習したのですが、技量の差がかなりある者が一団となって泳ぐと練習が円滑に進まないため、次の2コマ目で技量別に3グループに分けるテストが行なわれることになりました。
1コマ目の訓練終わったところで、プールサイドに上がって来る初級者男子の褌を見ると、半数近くの者の前袋が初回訓練の時と同じように大きくたるんでいる上に、その幅も中によってかなり狭くなっていて、少し前かがみになると横からチンコと金玉がしっかり覗けて見える状態になっていました。
1コマ目終了後の休憩時間に、前回と同じように男子全員がプール側に尻を向けて、六尺褌を一度解いて一枚布の形に戻した上で、初めからしっかり締め直してゆきました。しかし、せっかく締め直したにもかかわらず、初級者男子の4割近くがどう見ても緩フン状態でした。
このため、初級者区画指導教官のT先生とHr先生が、一目で緩フンとわかる初級者を選び出しては、初級者中の六尺組である私とMk君に手伝わせて、再度きちんと締め直すように厳しく指導されました。両先生に緩フンと指摘された者の顔を見ると、ほとんどが先週の訓練の時も、一斉締め直しの後で先生方から指摘されて、私たちが締め直しを手伝った者達でした。

初級者区画では、2コマ目の訓練時間を使って、一応泳げる者をその技量により3グループに分けるテストが行われました。
1コマ目でT先生とHr先生が観察されていた各人の泳力に基づき全員を、プールの短辺を (1) 足をまったく着かず確実に泳いで往復できそうな者、 (2) 対岸に到着したとき一瞬足を着くかもしれないが一応泳いで往復できそうな者、 (3) 往路は足を着かずに泳ぎ切れそうだが、復路は対岸で少し休んでからでないと泳ぎ出せない者の3ランクに分けて、4,5人を1組にして、技量の高い (1) のグループからテストが始まりました。

私は (2) グループの2組目に入れられましたが、このテストではどうにか対岸で足を底に着かずにターンして、復路も一応最後まで泳ぎ切ることが出来ました。最後の (3) グループは、休憩時間に褌の一斉締め直しを行った際、私とMk君が再度の締め直しを手伝った者ほとんどでした。彼らは、校舎側の岸で水中に立ってかなり休んだ後で、どうにか形になってきた蛙足平泳ぎで、やっとの思いで道路側の岸まで帰って来ると、また少し水中で休んでから岸に上がってきました。
彼らが岸に上がるのを補助するために水中で待機していた私は、 (3) グループ全員の褌の縦ミツが、1回目の訓練の時と同じようにかなり大きく下に弛んでいて、岸に上がる姿を下から見ていると、多かれ少なかれチンコと金玉が見えることに気付きました。
私が岸に上がって周りを見ると、力任せに必死で泳いできた初級者全員の前袋が真ん中によって狭くなっていて、中にはチンコと金玉が辛うじて隠れている状態の者もいるうえに、 (2) グループの中にも褌の縦ミツが大きく下に弛んで、ちょっと前屈みになると横からチンコと金玉が覗けて見える者が数人見受けられました。
T先生とHr先生も、こうした褌に大きな弛みがある者や前袋が極端に狭くなっている者に気付いてはおられる様したが、2人とも素知らぬ顔をして、こうした者に対して特に褌を締め直すように注意されることはありませんでした。

このテストの結果 (2) グループの半数くらいが、対岸で足を着かずにターンしてプールの短辺を泳いで往復できたとして、赤白リバーシブルの水泳帽を裏返して、白帽として被ることを許されました。
訓練2コマ目と3コマ目の間の休憩時間に、初級者区画では、 (1) グループに属して余裕をもってプールの短辺を往復した全員と、私とMk君を含む (2) グループの半数足らずの新白帽組は、褌の左後ろの巻き付けを一度解いてから、グッと横ミツの増し締めをしました。
上級と中級の区画を見ると、こちらでもほとんどの者が、同じように褌の左後ろの巻き付けを一度解いてから、グッと横ミツの増し締めをしている姿が目に入りました。

初級者区画の3コマ目の訓練では、前回のテストで足を着かずにプール短辺を往復できた (1) グループと (2) グループ中の白帽組は、毎回確実にそしてより早く泳いで往復する練習を、 (2) グループの赤帽組は対岸で立ち上がらずにターンして往復とも泳ぎ切る練習を、 (3) グループは蛙足平泳ぎの形を確実にすることと、対岸で立ち上がっても良いがなるべく休まずに復路も泳ぎ切る練習を、グループごとにまとまって行いましました。
隣の中級者区画では、全員が2列になって、区画内を反時計回りに速度を合わせて平泳ぎで回遊する訓練を行っていましたが、10分くらい経ったところで、中級者区画主任教官のI先生が、日頃の温厚な話しぶりとは異なる大声で、

「こらー、今フンドシが解けた者は、列を崩すな。そのまま泳ぎ続けろ。
解けて流れたフンドシは、補助教官のOk先生に鈎竿で回収してもらうから、全員最後まで泳ぎ続けろ!」と厳しく注意されているのが聞こえてきました。

たまたまプールサイドに上がっていた私が中級者区画を見ると、補助教官のOk先生が、用務員さんから受け取った鉤竿を使って、水面に浮かんでいる数本の臙脂色の褌を回収しようとしておられるところでした。

初級者区画でもほぼ同じころに、休憩時間に私が見ても褌の締め込みが大きく乱れていた7人の赤帽男子の褌が、力任せに必死で泳ぎ続けていたために、訓練の終盤に来て水中で解けて外れてしまいました。
これを見た主任教官のT先生は、ちょっと苦笑いを浮かべてから、

「訓練はあと5分足らずで終わりだ。フンドシが外れた者は、そのまま全裸で最後までしっかり泳いでこい。
六尺組のSbとMkは、浮かんでいるフンドシを回収してきてくれ。」と、大声で指示されました。

最後に1往復泳ぐためにプールに入ったばかりのMk君と私は、先生の指示に従って浮かんでいる7本の褌を拾い集めると、岸から手を伸ばされた補助教官のHr先生に渡しました。Hr先生は、受け取った褌を1本ずつ軽く広げてから、市道との境界になっている生け垣の上に掛けてしまわれました。

3コマ目の訓練が終わって全員がプールサイドに上がった後も、水中で褌が外れて全裸になったため岸に上がれずに水中に留まっている男子が、上級者区画と中級者区画に3人ずつ、初級者区画に7人いました。
褌が外れて全裸になった13人が、なかなか水から上がろうとしないので、体育主任のH先生が、

「まだ水中にいる13人は、さっさとプールサイドに上がれ。訓練終了のための人員の点呼が出来ないではないか。
各区画の先生方、水から上がってこない生徒を全員、水から引き上げてください。」と、水中の生徒と、指導教官の先生方に指示されました。

初級者区画では、T先生とHr先生が水に入って、全裸のまま水中に立っている7人を強引にプールサイドに追い上げてしまわれました。

泣きそうな顔をして、フリチンで岸に上がってきた初級者男子7人は、両手で前を隠して、自分のクラスの隊列最後尾に付こうとしました。
彼らに続いて水から上がってこられたT先生とHr先生は、指導用の細い青竹の鞭を手にすると、

「今遅れて水から上がってきた者は、自分のクラスの先頭につけ。今から人員確認の点呼を行う。各クラス列を正せ、全員気をつけ!
フンドシが外れた者も手で前を隠すんじゃない! 手は腿の横に付ける! よし、先頭から番号!」と、厳しい声で号令を掛けられました。

各クラスの隊列の先頭に立った全裸の7人は、両手で前を隠そうとすると補助教官のHr先生から容赦なく青竹の鞭が飛ぶので、半べそになりながら手を腿の横につけて点呼を受けていました。
人員確認の点呼が終わり、訓練参加者全員に異常がないことが確認されたところで、体育主任のH先生が、
「少し昼休みに食い込んでしまったな。女子全員と今フリチンでいる13人以外の男子は、このまま体育館に戻って、N先生と講師先生(女性)から訓練の講評と連絡事項を聞いてくれ。そのあとは、速やかに教室に戻って着替えて昼食を摂れ。
そうだ、各クラスの六尺組も、済まんがもうちょっとここに残ってくれ。頼みたいことがある。」と指示されました。

女子全員と男子の2/3が体育館に引き上げたあと、残されたフリチンの13人と全クラスの六尺組18人に向かって、H先生が、

「今年はやるまいと思っていたのだが、また今年も、泳いでいるうちに六尺が外れた者を全裸で泳がせて、さらにフリチンで終了の点呼を受けさせることになってしまった。
いいか、今日はもう、水泳訓練の3日目なんだぞ! 1コマ目の訓練が終わったところで男子全員に、一斉に一から六尺の締め直しをさせて、さらに先生方が点検したうえで、締め方が不完全な者は、六尺組に手伝わせて再度締め直しをさせている。それでも、3コマ目の訓練中に六尺が解けて外れてしまう者が、13人も出た。
あれだけ、訓練中に六尺が緩んで来たら、速やかに各区画で指導されている教官に申告した上で、個別に六尺の締め直しや増し締めをするように注意しておいたのに、フリチンでいるお前たち13人は2コマ目の後の休憩時間に増し締めも締め直しもしないから、最後の最後に六尺が解けて外れてしまったのだ。
先生もお前たちが憎くて、フリチンで泳がせたり点呼を受けさせたのじゃない。女子の前にフリチンをさらして恥ずかしかっただろが、これで、六尺の締め込みや締め直しをおろそかしていると、訓練中にどういう結果になるか、よく身に染みて解っただろう。
今フリチンでいる13人には、放課後もう一度六尺の締め方訓練を行うから、午後の学活(ホームルーム)が終わったら、すぐにプールの入り口に来い。
お前たちの六尺はそれまで先生が預かっておくから、必ず放課後プールの入り口に来るのだぞ。」と、厳しい顔をして指示されました。

続けてH先生は、私たち六尺組の顔を一人一人確認するように見回しながら、

「待たせて申し訳なかったが、君たち六尺組のうちで、放課後この13人に対する六尺締め方訓練を手伝ってくれる者はいないか。君たち六尺組には、余計な手数を掛けて済まないが、手伝ってくれる者は手を挙げてくれ。」

と、意外に静かな口調でおっしゃいました。
六尺組の18人は、ちょっと顔を見合わせていましたが、結局C・D組の六尺組のうち私を含む瀬戸内海沿いの小学校出身者4名と赤褌が指定水着のS小出身者3名、それに同じS小出身のB組のMk君が手をあげました。放課後にフリチン組13人の六尺締め方訓練を手伝おうという者が8名も名乗り出たので、体育主任のH先生と居残っておられた各区画の主任教官であるM、I、Tの3先生も、それまでの厳しい表情を少し緩めて、ほっとした顔つきになられました。
体育主任のH先生は、私たち六尺組の志願者8名に向かって、
「君たち六尺組にはいつも無理を頼むが、今回は本当に済まんな、ありがとう。放課後この13人の訓練に付き合うときに、濡れたままの六尺を締めるのでは気分が悪かろうから、弁当を食べた後で、各自六尺を体育準備室に持ってきてくれ。屋上で広げて干して、少しでも乾かしておくからな。」とおっしゃいました。

居心地悪そうに、フリチンのまま気を付けの姿勢をしている13人に目をやったH先生は、
「思いの外時間を食ってしまった。さあ、今日の水泳訓練は一応これで終わりにする。全員体育館でタオルを取ったら、教室に戻ってサッサと着替えてしまえ。
今全裸でいる13人は、体育館にはタオルが置いてあるはずだから、それでしっかり隠して教室まで戻れ。お前たち13人、放課後の六尺締め方訓練から逃げるんじゃないぞ。」とおっしゃると、私たち六尺組に向かって、目顔で体育館に行くよう促されました。

訓練前に屋上で着替えた私たち六尺組は、体育館でタオルを取ると全員が屋上に直行して、大急ぎで制服に着替えてから、教室に帰る前に、濡れた六尺褌をしっかり絞って一枚布に広げてたものを体育準備室に持って行って、放課後までに乾かしてもらうようにお願いしました。
六尺組が屋上で制服に着替え終わる頃になって、フリチン組13人が腰にバスタオルを巻き制服を腕に抱えた姿で、着替える場所を求めて屋上に上がってきました。彼らによると、先に教室に帰った者達が既に弁とを食べ始めていて着替える場所が無かったため、腰に巻いたタオルを落とさないように押さえながら、大急ぎで制服と下着類を取って、とにかく誰にも見られずに着替えられるところ探していたら、とうとう屋上まで来てしまったということでした。

このあと、放課後のフリチン組13人に対する「六尺締め方訓練」の場でも、また珍事が色々起こるのですが、それは次回に第4回目の訓練中に起こったことと一緒にお話ししようと思います。

運営者より
海どじょう様こんにちは。毎度,ユーモラスな褌初心者の長文投稿をどうもありがとうございます。水泳で緩まないように褌をきつく締めるのがいかに大変かがよくわかります。続きが楽しみです。今後ともよろしくお願い申し上げます!

証言 23: 2016/11/02
ハンドルネーム
海どじょう
年齢 性別 職業 居住地
65歳 男性 年金生活者(兼団体職員) 山口県
表題
褌の自分史10(六尺褌の幅と長さの履歴)
本文

私・海どじょうの「褌の自分史」を長々と掲載していただいておりますが、ある読者の方から私の使用してきた六尺褌の幅についてお尋ねをいただきました。小学生時代から現在まで、私の着用してきた六尺褌の幅の履歴をまとめて書いてみよますので、しばしお付き合い下さい。

1 幼稚園から小学2年生まで(昭和30~33年)

幅10cm、長さ1m50cmくらいの木綿の布(白以外のあり合わせの布で、色は良く覚えていません)で作られた『六尺褌もどき』。これは、幼児のチンチンとタマが一応隠れる程度の幅がある細長い布の一端を袋縫いして、反対側の端を通せるようにし、一見六尺褌風に簡便に締めやすくした物でした。

この頃は、まだ自力で六尺褌を締めることは出来なかったため、以前「読者の広場」に書いた様に海水浴の時だけ、この『六尺褌もどき』を母親に締めてもらっていました。

2 小学4年生~6年生(昭和35~37年)

白新モス生地・1/3幅の六尺褌。祖母が作ってくれたこの白六尺褌は、白新モス生地を縦三等分した物で、概ね幅12cm、長さ2mくらいで、両耳が3mmくらいの幅で縁縫いしてありました。

小学4年生から始まった水泳訓練では、男子は六尺褌で泳ぐことが推奨されたため、私を日本男児として文武両道に育てたかった(実は武の方はからっきしでしたが)祖母が、六尺褌の締め方を教えてくれたうえ、新しく白褌も作ってくれたのです。

当時既に、小学生男子の水着はほとんど水泳パンツになっていましたが、まだ化繊が高価だったため綿100%に近いニット製の物が多く、水を吸うと重くなるうえに、布が伸びてしまってお尻とパンツの間に空気や水が溜まりやすくて、お尻のあたりがブカブカ浮き上がって泳ぎにくい物でした。お尻の周りに余計な布がなくて、腰から下、特に股関節周りの動きが制約されない六尺褌は、水の中でお尻や太ももがとても動かしやすかったので、私はすっかり六尺褌のファンになってしまいました。

田舎で性に関する情報も少なく、私自身がそういうことにオクテだったので、体が大きくなった6年生の時も、この細身の白褌一本で泳ぐことを特に恥ずかしいと思っていませんでした。

3 中学生時代(昭和38~40年)

赤の洋生地(薄手のブロードかキャンブリック)を、概ね幅15cm、長さ220cmに裂いただけで、両耳の縁縫いはしてない赤六尺褌。これが、附属中学校男子生徒の指定水着でした。ただし特例として、2年生の夏休みに行われた臨海学校では、白新モス生地を縦半分に裂いただけの、幅約18cm、長さ約220cmの白六尺褌を着用させられました。私が大学の附属中学校に進学したとき、そこではちょうど男子の指定水着が、赤六尺褌から黒ナイロンの競泳パンツに切替わる過渡期でした。

1年生の時は、全員赤六尺褌強制で、以前の証言にも書きましたように、上記の寸法の赤または臙脂色の六尺褌が学校指定の運動具店2店で売られていました。私が使っていた赤褌は結構生地が粗悪だったのか、1年生の夏休みにほぼ隔日水遊びに使っていると、どんどん色褪せした上に、2年生の夏の水泳訓練が終わる頃には、ちょっとした切れ目から千切れて長さが足りなくなり、泳ぐときには使えなくなってしまいました。仕方が無いので、母親に頼んで呉服店で赤の新モスを230cm買ってもらい、半分に裂いて半幅(約18cm)で長さ230cmの赤褌を2本作って使いました。

2年生になってからは、体育教官の許可を取れば、2年生以上は六尺褌を締めた上に黒ナイロンの競泳パンツを穿いてもいいことになりました。私も母が競泳パンツを買ってきたので、1回だけ水泳訓練で穿いてみましたが、やはりお尻に空気や水が溜まってブカブカして泳ぎにくいので、そのとき1回穿いただけで、以後は3年生になっても赤六尺褌一本で水泳訓練を受けていました。3年生まで赤褌一本で水泳訓練を受け続けたのは、小学生の時から六尺褌に馴染んでいた六尺組を中心に、学年男子90人弱のうち20人足らずでした。

2年生の夏休みに、希望者を募って、水泳訓練に特化した臨海学校が行われました。このときは、訓練を行う海水浴場の海水透明度がプールよりかなり低かったため、安全性を考慮して、男子は学校指定の赤褌ではなく白六尺褌で泳がされました。この白褌は、白の新モス生地を縦半分に裂いただけの物で、臨海学校の前にプールで行われた時間泳ぎ(中級者は、最初10分間から始めて、3日間かけて最終的には30分間足を着かずに泳ぎ続ける)の練習が始まる前に、学校から1人に2本ずつ支給されました。このとき女子にも、水着の上の腰のあたりに巻くための白帯が、同じく2本ずつ支給されていました。

4 高校時代(昭和41~43年)

中学校時代に使用していた赤六尺褌と白六尺褌を、高校指定の黒ナイロン製競泳パンツの下に、サポーター代わりに着用していました。

市内一番の進学校だった高校の指定水着は、黒ナイロン製競泳パンツでしたが、前当て布がない競泳パンツの下には、キンツリサポーターか半幅の六尺褌を着けるのが普通でした。ただ、パンツの下に六尺褌を締めるのは、附属中と高校のすぐ側のS中から来た生徒に限られていました。私は附属中の時使っていた新モス半幅の六尺褌を3年間を使い続けました。

高校の友達と時々行った、家から自転車で30分くらいかかる小さな海水浴場では、他に人があまり居なければ、もっぱら附中の臨海学校で使った白六尺褌だけになって泳ぎました。

5 社会人時代(昭和52~平成22年)

もっぱら黒、白、青、藤色、橙色などの新モス生地を縦半分に裂いただけの、概ね幅18cm、長さ240cmの六尺褌を着用していました。

県庁に勤めるようになってからは、仕事が忙しくてあまり海に行くことはなくなりましたが、弟の家族が同居していた昭和52年から平成元年の間は、時間があれば甥と姪を私の車に乗せて、高校時代に行っていた瀬戸内海岸の小さな海水浴場に連れて行きました。この時は黒か白の半幅褌を締めただけで、この子たちの水遊びの相手をしていました。

昭和50年代半ばころ、市内で一、二を争う老舗呉服店で、赤、白、黒、臙脂、黄、青といった基本色の新モス以外にも、水色、藤色、紫、紺、茶、橙、深緑、緑、卵色といったあまり一般的でない新モス生地を売っているのを発見しました。そこで全色を250cmずつ買い求め、縦半分に裂いて半幅の六尺褌(18cm×240cm)をつくり、海水浴の時締めてみました。

あまり一般的でない濃い色の新モスは、この店でもデッドストック状態だったようで、陳列中の日焼けでまだらに色褪せしている部分があるため、水に濡れるとあまり見栄えが良くありませんでした。そのため、結局、赤、黒、白以外で今でも六尺褌にして使っている新モスは、青、藤色、橙、黄、卵色くらいになりました。

6 定年退職後

自宅近くの海で泳ぐときは、新モスあるいは通販の手芸用品店で購入したキャンブリックやローンといった洋生地で作った、幅が16~20cmで長さが240~250cmの色物の六尺褌を、もっぱら着用しています。

毎年夏に通っている水術の道場(稽古場は自然の池)では、幅が24~25cmで長さが250~270cmの浴衣晒し(褌屋製)かキャンブリック生地(九州屋製)の白六尺褌を着用しています。この道場では、男性は師範から入門したての幼稚園児まで、全員が白六尺褌一本で、屋外の自然水面を稽古場にして、真冬でも水術の稽古を続けています。ここでは、成人男性は新モスか目の詰まった晒しで全幅(34~36cm)の白褌、小学生以下は同じく新モスか目の詰まった晒しで半幅(17~18cm)の白褌を着用することになってますが、私は股ずれが出来やすい体質なので、特にお願いして通常の晒しの2/3幅に当たる幅24~25cmの白褌を使用しています。

50歳になってからは、日常の下着を一年越中褌にしたのですが、動きの激しい作業をするときには、上にズボンを穿いていてもすぐに越中褌の布が緩んでくるため、作業や運動をするときだけは、いちいち前袋式の六尺褌に締め代えて、前袋が緩みにくくて下腹に力が入るようにしてきました。

そこで考えついたのが、夏の間裸に近い格好が多い時季は、全幅・前垂れ式の六尺褌を少し長めにつくって、「読者の広場」に投稿した記事のように、普段は前垂れ式に締め、作業等激しい動きが予想されるときだけ縦ミツに前垂れの先を2、3回絡めて前袋式に近い締め方にすることでした。これはズボンを穿いている時の下着としての役割が大きいので、作業中にチンコや金玉が前袋からはみ出す恐れがある半幅ではあまりよろしくありません。ですから、安物の織り目が粗く薄手の晒しを、長さ230cm(鯨尺の6尺強)に切っただけの全幅で使っています。

私は身長164cm、体重68kgの準メタボ体型なので、全幅の褌を前袋式に締めるには、最低でも長さ270cmは必要なのです。

7 55年間の褌体験を顧みて言えること

  • (1)長時間水泳等の運動をする場合に締める六尺褌は、股間や太腿周りの動きやすさを重視して、
    • ア.幅はせいぜい16~20cm程度まで、
    • イ.布はなるべく薄手で目の詰まった物を使い、
    • ウ.股ずれを防ぐために耳の縁縫いをしない
    • という、私が中学生の時に体育教官から教えられた、運動着として使うのならば「チンコと金玉が一応隠せる、最低限の幅と長さがある」六尺褌を用いるというのが、一番良いと考えます。

  • (2)六尺褌をズボンの下に下着として着けるのならば、ズボンの下で前袋が緩んできた時、その都度褌を締め直すのは困難なので、前袋の幅に余裕が有り、チンコや金玉がはみ出しにくい全幅の褌を使用した方が、実用上最適と考えています。 私の経験からすると、冬はステテコを併用するとした場合、越中褌よりも上記「6」に書いている短めの六尺褌を準前袋式に締めた方が暖かいのです。
運営者より
海どじょう様こんにちは。今回は視点を変えて,水泳用六尺褌(水褌)の幅についての,実体験を交えての考察を,どうもありがとうございます。実際の寸法も記述していただいてますので,これから褌を作ろうという方にも参考になると思います。昔の写真で,水泳選手が半幅程度の褌を締めている写真を見たことがありますが,競泳用水着と同じ理屈で,幅が狭い方が泳ぎの速度が出るということなのでしょうね。貴重な証言をどうもありがとうございます。今後ともよろしくお願い申し上げます!

証言 24: 2016/11/23
ハンドルネーム
海どじょう
年齢 性別 職業 居住地
65歳 男性 年金生活者(兼団体職員) 山口県
表題
褌の自分史11(中学1年の水泳訓練 (5) )
本文

3回目の水泳訓練が行われた日の放課後、午前中の水泳訓練の際、遊泳中に六尺褌が解けて外れてしまい、最後の人員確認点呼をフリチンで受けた者13人に対する、六尺褌締め方訓練が、プールサイドで行われました。

この訓練を手伝うことを申し出ていた私たちC・D組の六尺組7人とB組の六尺組・Mk君が、放課後揃って体育準備室に出頭すると、待っておられた体育主任のH先生が、屋上で乾かして下さった私たちの赤六尺褌を、両端に書いてある名前が見えるように畳んで、各人に渡して下さいました。

H先生は、私たちに褌を渡し終わると、

「君たちは、指示どおりに六尺褌の両端から10cmのところに、それぞれ自分の氏名を大きく書いておいてくれたから、こうして素早く褌を返すことが出来た。ところが、午前の訓練で遊泳中に六尺褌が外れてフリチンで点呼まで受けた者13人の褌には、名前が書いてないものが半分近くあって、どうやって返そうかとわしもN先生も思案しているところだ。

あの13人には、直接プールの入口に来るように指示したから、N先生(体育副主任)には先にプールに行ってもらっている。この後の訓練には、T先生にも手伝ってもらうようにお願いしてあるから、君たちも儂と一緒に教官室に寄ってから、皆一緒にプールに行こう。」

とおっしゃって、私たち8人を引き連れ、まず教官室に寄ってT先生を呼び出してから、プールの入口に向かいました。

プール入口には、体育副主任のN先生を囲むようにして、フリチン点呼組13人が不安そうな顔をして集まっていました。H、T両先生と私たち訓練助手役の六尺組8人がやって来たのを見て、N先生はフリチン点呼組13人に向かって、プールサイドに入るように指示されました。

放課後の六尺締め方訓練に参加する者が、全員プ-ルサイドに集まったことを確認すると、H先生がフリチン点呼組13人に向かって、手にした赤褌の束の中から名前が書いてあるものを1本ずつ抜き出しながら、書いてある名前を呼んでは手渡していかれました。名前が書いてある六尺褌を全部手渡し終わったところで、H先生の手元にはまだ赤と臙脂の褌が6本残っていました。

H先生は、手元に残った六尺褌をフリチン点呼組の方に示しながら、

「水泳訓練を始める前の『六尺締め方講習会』のときに、各自六尺の両端から10cmのところに、墨か黒マジックで、大きく名前を書いておくように指示したはずだ。しかるに、この6本の六尺には名前が書いてない。誰に返して良いかわからないが、この13人の中でまだ六尺を返してもらっていない者は、先生の前に出てこい。」

と、厳しい声でおっしゃいました。

おずおずとH先生の前に出てきた6人の顔を見ると、全員がこれまで3回の訓練時に、いつも私とMk君が褌の締め直しを手伝った赤帽組でした。H先生は6人に向かって、

「この6本の六尺には名前が書いてないから、先生にはどれが誰のものかわからない。自分の六尺が、赤フンだったか臙脂フンだったかは覚えているだろう。残っている六尺をまとめて渡すから、よく見て、自分のだと思う六尺を取れ。」

と言いながら、6人組の先頭にいたA組の子に、手に持っていらした六尺褌をまとめて渡されました。

赤フンは2本しかなかったので、C組とD組の子2人がすぐに受け取りましたが、残った4本の臙脂フンを巡って、4人がどの褌が誰のものかで議論を始めました。とうとう業を煮やしたT先生が、

「お前たち、いい加減にグチャグチャ言い争うのは止めろ。どのフンドシでも変わりはせん。さっさと1本ずつフンドシをとれ。訓練を始めるぞ!」

と怒鳴りつけられたので、4人はしぶしぶ議論を止めて、それぞれ1本ずつ臙脂フンを手に取りました。

生徒全員が自分の六尺褌を手にしたところで、H先生はフリチン点呼組13人を上・中級白帽組6人と、初級赤帽組7人に分けてから、いつも上級者区画で泳いでいるC組・六尺組のMt君とTm君,、D組・六尺組のKy君に、上・中級者6人の補助に付き、この後は体育副主任のN先生に従うように指示されました。N先生の指示に従うことになった上・中級白帽組の生徒9人は、N先生について中級者区画へと移動してゆきました。

残った初級赤帽組の7人と、六尺組の5人、B組のMk君、C組のIw君、D組のSa君、Si君と私に向かって、H先生は、

「各区画の主任教官の見立てでは、上中級白帽組6人の六尺が遊泳中に解けたのは、彼らが自分の技量に慢心していて、面倒臭がって六尺の増し締めをする手間を怠ったためということだった。しかし、お前たち赤帽組については、3日間身近に観察していた儂やT先生からすると、そもそも基本的な六尺の締め方が、きちんと身についていないのが原因だと思われる。よって、今から六尺の締め方を、一からみっちり鍛え直すから、心して訓練に取り組め。

お前たち一人に六尺組を一人ずつ付ける。特に締め方に問題があるとにらんでいる二人には、儂とT先生がついて指導することにする。赤帽組7人は、時間が多少かかってもよいから、自分が十分固く締め込めたと思えるところまで、きつく六尺を締めてみろ。締められたと思ったところで、指導役の六尺組に確認してもらえ。

六尺組は、自分がまかされた者の六尺の締め方が緩いと思ったら、何度でも締め直させろ。六尺組がこれでよいと思ったところで、儂かT先生に報告するように。それでは、これから訓練を始める。赤帽組7人は、服を脱いで、まず素っ裸になれ!」

と、命じられました。

H先生とT先生の手に、指導用の細い青竹の鞭が握られたのを見た赤帽組7人は、あわてて夏服と下着のシャツとパンツを脱ぎましたが、名前が書いてない六尺を取り合った4人は、チンコと金玉を手で隠そうとする素振りを見せました。これを見咎めたH先生とT先生は、容赦なく青竹の鞭で4人の手の甲をたたいて、

「前を隠す暇があったら、さっさと六尺を締め始めろ。」

と、厳しく注意されました。

私は、たまたま初級者赤帽組の中で、ただ一人赤褌に名前が書いてあった同級生を担当したので、2回締め直しをさせたところで、彼の六尺褌が十分固く締めてあると先生に報告することができました。その他の赤帽組も、概ね3、4回程度の締め直しで一応合格となったのですが、両先生に直接指導された2人だけは、5,6回締め直しをさせられたところで、やっと「概ね可とする。」という合格判定をもらうことができました。

初級赤帽組7人が褌を締め終えたところで、私たち指導役の六尺組5人とH、T両先生も、裸になって六尺褌を締め、水に入れるように身支度をしました。

まず、六尺組の5人が水に入り、全力でプールの短辺を2往復してから素早くプールサイドに上がり、水に濡れると褌がどのくらい緩むか、また全力で60m泳ぐと前袋がどのくらい中によって狭くなるかを、初級赤帽組の前に実地に示しました。いつもは中級者区画で泳いでいるIw君、Sa君、Si君の前袋も、私やMk君の前袋と同じように結構幅が狭くなっていて、少し前かがみになるだけで横からチンコや金玉が見えそうになるのを間近に見て、赤帽組の7人は驚いた様子でした。

続いて、初級赤帽組7人が水に入ると、途中で足を着いてもよいから、とにかくプールの短辺を全力で2往復するよう命じられました。少しでも力を抜いたような泳ぎをすると、H先生とT先生から激しく叱声が飛ぶので、7人は必死になって2往復すると、ヘトヘトになってプールサイドに上がって来て、肩で息をしていました。力任せに全力で泳いできた彼らの褌の前袋は、ほとんどがやっとチンコと金玉が隠れている程度まで幅が狭くなっていて、横から見ると中身がほとんど丸見えの状態でしたし、半数の者の縦ミツは股のところで下向きに大きくたるんでいました。

プールサイドに上がったばかりの初級赤帽組7人は、息を整えるのに一生懸命で、褌の前袋の状態には気が付いていませんでしたが、少し息が整ってくると仲間の前袋の様子に気づき、次には自分の前袋の状態を見て、あわてて両端を左右に広げ始めました。

初級赤帽組が、自分たちの褌の弛みや前袋の狭まりに気づいて慌てているのを見て取ると、H先生は、

「赤帽組は、泳ぎが下手な者が力任せに速く泳ごうとすると、六尺がどういうことになるか、これでよく分かっただろう。

今回は、お前たちの六尺の締め込み具合を六尺組に点検させて、十分固く締めさせたから、泳いでいる途中で大きく緩んだり解けることはなかった。もし、午前中のお前たちの締め込み方だったら、半数の者は、六尺が最後の方で解けてしまったはずだ。まあ今の状態なら、横ミツの締め込み方については、全員この後も大丈夫そうだな。

今から、六尺組も一緒に六尺を外して、一から締め直してもらう。今度は六尺組には、いちいちお前たちの締め込み具合を点検させないことにする。

六尺を締め直したら、今度はお前たちが先に水に入って、さっきと同じように全力で2往復しろ。これからの2往復の途中で六尺が外れた者は、一度プールサイドに上がった後で、もう1往復フリチンで泳いでもらうことにする。赤帽組は心して、しっかり六尺を締め直すことだ。」

と、おっしゃいました。

続いて、T先生が、初級赤帽組に向かって、

「先生からお前たちに、フンドシを締める時に注意すべきことを、特に教えよう。

お前たちのフンドシの前袋は、力任せに60m泳ぎ続けたためにグッと狭くなったが、これは乾いたフンドシで水に入れば、泳ぎが上手な者でも多少は起こることだ。ただ、これから濡れたフンドシを締め直すときに、今から教えることを実行すれば、この後は今よりはかなり良くなるはずだ。

フンドシの横ミツをしっかり固く締めたら、あごで押さえている方のフンドシの端を股に通す前に、一度グッと上に引き上げろ。金玉が体にめり込むくらい強く引き上げてから、股を通すときに、先に股を通している方の縦ミツに1回絡めたあと、手に持った方の端をグッと強く後に引き上げ、さらに後ろ腰の横ミツに巻き付ける前にも、もう一度グッと力を入れて引き上げて、尻の穴にフンドシの布が食い込むくらいにしておけ。

水に入るまでは、後縦ミツの布が尻の穴にこすれて痛いくらいに締め込んでおけば、前袋もしっかり肌に密着してくれるから、少々乱暴に長い時間泳いでも、前袋の幅が狭くなるのはずっと少なくなる。だまされたと思って、一度やってみろ。先生からのヒントだ。

それでは、六尺組も含めて全員フンドシの締め直しにかかれ! 赤帽組は、自分が納得がいくまでやり直してよろしい。」

と、大声で指示されました。

私たち六尺組5人が褌を締め直した後も、半数くらいの赤帽組は、せっかく締めた褌を解いては、何度も締め直しを繰り返していました。10分近くかけて最後の一人が褌を締め直し終わったところで、今度は初級赤帽組7人が先に水に入って、対岸で足を着いたりしながらも、プールの短辺を全力で2往復しました。やっとの思いでプールサイドに体を引き上げて、水から上がってきた彼らの中には、今にも褌がすり落ちたり解けたりしそうな者はいませんでしたが、納得いくまで何回も褌を締め直していた者と、さっと1,2回の締め直しで済ました者との間で、前袋や縦ミツの弛み具合にかなり差が出てるように見えました。

H先生もT先生もこうした差に気が付かれたようでしたが、T先生が、

「赤帽組は少し休め。その間に六尺組は、短辺を2往復泳いで来い。対岸で足を着くんじゃないぞ。

赤帽組は、自分のフンドシの状態を確認して、この次泳ぐときに備えて形を整えておけ。気になるものは、フンドシの増し締めをしてもよろしい。」

と、指示されただけでした。

私たち六尺組5人は、水に入るとプールの短辺を全力で2往復しました。市道側の岸に戻ると、全員が水の中で手探りで前袋の形を整えてから、一斉にプールサイドに上がりました。六尺組5人は両先生の前に横隊で並ぶと、C組のIw君が代表して、「先生、六尺組、プールを2往復、泳ぎ終わりました!」と申告しました。

これを聞かれたH、T両先生は、ちょっと顔をほころばせてから、H先生が、

「六尺組は、さすがに気合が入っていて、統制も取れているな。全員が、水の中でフンドシの前袋の形を整えてから岸に上がってきたのも、大変よろしい。よし、六尺組は、赤帽組が泳ぎ終わるまで、そのまま休め。

さあ、赤帽組は水に入れ。もう2往復全力で泳いでもらうぞ! これが最後だから、先生が合図したら、泳ぎはじめろ。」

と指示されました。

ちょっと休んだだけで、3回目にプール短辺2往復を全力で泳ぐことになった赤帽組7人は、げんなりした顔で水に入り、それでもH先生の合図に従って全力で泳ぎ始めました。間で褌の締め直しのためにかなり休んだとはいえ、初級の水泳訓練ではほとんどやったことのないプール短辺2往復を、全力で2回もやらされた後だったので、7人ともかなり泳ぎが乱れて、スピードも遅くなっていました。

H、T両先生に「遅い、遅い! もっと早く!」と急き立てられながら、やっとの思いでプール短辺を2往復した赤帽組7人は、本当に息も絶え絶えの状態で市道側の岸にたどり着くと、水中で壁に背中を預けたまま息を整えていました。私たち六尺組は、T先生の指示で、赤帽組が水から上がるのを補助するために、全員が水に入って待機しました。

赤帽組の呼吸がどうにか落ち着き、岸に上がれそうになったのを見計らって、H先生が赤帽組に対してプールサイドに上がるように指示されました。赤帽組の7人は、岸に両手を着いて体を引き上げようとしますが、なかなか腰から下が岸まで上がらない子がいるので、水中にいる六尺組が手分けして太ももや尻を押し上げて補助してやりました。

息も絶え絶えで岸に上がった赤帽組は、しばらく四這いになったり床に膝を着いたりして呼吸を整えていましたが、5分くらいしてからT先生に促されて、パラパラと立ち上がりました。立ち上がった赤帽組の褌の様子を見ると、H、T両先生が指導された2人と、私が補助についた赤褌に名前を書いていた級友の褌は、六尺組の褌と同じように横ミツの緩みも前袋や縦ミツ弛みもほとんど見受けられませんでしたが、残りの4人の前袋や縦ミツには程度の差こそあれ弛みが見られました。ただ、全員最初に乾いた褌で全力で泳いだときに比べれば、ずっとましな状態で、前袋も極端に狭くなってはいませんでした。

立ち上がった赤帽組の褌の状態を、ざっと点検されたH先生は、そこにいる全員に向かって、

「赤帽組7人の六尺の締め込み具合は、午前の訓練の時に比べれば相当改善の跡が見られる。儂とT先生、それにSbが指導した3人の状態は、六尺を締め慣れている六尺組に遜色ないくらいだし、残りの4人についても、これならこの後続けて泳がせても、まず大丈夫と見た。

ただ、完全に締め直せるまでに10分近くかかるのでは、訓練の時には実用的でないから、六尺を解いた後は3分間で完全に締め直しができるように、この後もう少し練習してもらうぞ。

六尺組と赤帽組は六尺を解いて、十分絞ってから元の一枚布に広げておけ。T先生、ストップウォッチを取って来てもらえますか。」

と、指示されました。

T先生がストップウォッチを持ってこられると、H先生は私たち六尺組5人と赤帽組7人に向かって、

「それでは、これから濡れた六尺を3分間で完全に締められるようにする訓練を始める。六尺組は先ほどペアを組んでいた赤帽組の者と、向かい合って立て。

最初は、赤帽組も六尺組も同時に六尺を締めて行ってくれ。赤帽組が3分間でどこまで締め込めるかを確認するぞ。赤帽組は、焦らずに、これなら自分が安心して泳げると思えるくらい十分に六尺が締め込めるペースで、一回で完全に締め上げるつもりで締めていけ。

それではT先生、計時をお願いします。総員、六尺の締め方はじめ!」

と、指示されました。

私の相方で、この赤帽組の中でただ一人赤フンに名前を書いていた級友は、私より少しゆっくりしたペースでしたが、要所要所では一呼吸してはきちんと力を入れて六尺褌を締め込んでゆき、T先生が「よし、3分経ったぞ。総員締め方止めぇ~」と号令を掛けられる前に、少し余裕をもって褌を締め終わっていました。赤帽組7人全員が、一応3分以内に褌を締め終わっていましたが、H、T両先生が点検されると、締め込みが甘いと思われる者が4人いました。

そこで、次は赤帽組7人だけが褌を解いて初めから締め直すことにして、六尺組は各自の相方の締め込みの手順をよく観察して、締め直しの途中で適宜問題点を指摘し、改善を指導することになりました。

またT先生が3分間計時される中で、赤帽組7人が一から褌を締めてゆきました。私の相方と、T先生が指導しておられて今回から私に任されたA組の子は、要所要所でちゃんと一呼吸し力を入れながら締めこんでいったので、私としては特に指摘することはありませんでした。その他のペアも、六尺組が1、2回注意しただけで、十分固褌が締め込めたように見えました。

今回は、3分という時間制限を多少超過してもよいとはっきり指示されたので、赤帽組全員が褌を締め終えるまで3分以上かかったものの、全員の締め込み具合は、その後のH先生の点検でも、一応満足できる水準に達していました。

赤帽組の褌の締め込みが、一応満足できる水準になったことを確認されたH先生は、

「初級赤帽組も、これでどうにか六尺フンドシを、水泳訓練に耐えうる程度に締め込めるようになったな。まだ、固く締めこむのに時間がかかる者が残っているが、締め込みの手順は、全員概ね満足できるものになった。六尺を固く締め込むのに、まだ3分以上かかる者は、家でよく練習して、明後日の訓練では3分以内に締め込めるようにしておけよ。

六尺組の5人は、今日は本当にすまなかったな。訓練の手伝い、ご苦労だった、ありがとう。

よし、今日の初級赤帽組の六尺締め方訓練はこれで終わりとする。まだN先生のほうの訓練は続いているようだが、初級赤帽組はこれで帰ってよろしい。

六尺組の中で、もう少し泳ぎたい者は、N先生のほうの訓練が終わるまで、初級者区画で泳いでいてよろしい。ご褒美だ。」

とおっしゃいました。

赤帽組の7人はこれを聞くと、すぐに褌を外して制服に着替え、そそくさと帰ってゆきましたが、私たち六尺組5人は、もう少し泳ごうとプールに残りました。

するとT先生が、「お前たち、もう少し泳ぐつもりなら、儂がきちんとした平泳ぎの形と、横泳ぎの形の手本を見せてやろう。」とおっしゃって、一緒に水に入って、手本を泳いでくださったばかりか、白帽に昇格したばかりの私とMk君には、手足を取って正式の平泳ぎの形を教えてくださいました。

私たち初級者区画の六尺組が20分以上泳いだころに、ようやくN先生が指導されていた上・中級白帽組の六尺締め方訓練が終わったので、私たち5人も水から上がって制服に着替え、プールを後にしました。

帰りのバスの中で、上・中級白帽組の訓練を手伝ったKy君に聞いてみると、上・中級者に対しては、褌の締め方が悪いと、速く長く泳いだときに褌がどのようになるかを実感させ、褌を締め直すか増し締めするタイミングをどうとらえるかを教えるとともに、泳ぎのフォームを安定させれば体のブレが少なくなり、そのことが褌の緩みも少なくするということを実地に体感させようとして、かなりの時間泳がされたので、時間が長くかかったということでした。

Ky君は、自分たち六尺組も、我流で力任せに泳ぐよりは、フォームをきちんと整えて泳げば早く楽に泳げそうだと体感できて、訓練助手として一緒に泳がされて疲れたけれども、いいことを教われたと嬉しそうに話してくれました。

運営者より
海どじょう様こんにちは。今回も,長文のご投稿をどうもありがとうございます。当時の附属中学校が,遊泳中に褌が解けないよう,いかに強い指導を行っていたかがよくわかります。長時間の遊泳を目的に,特に半幅程度の六尺褌を締められる方にも大変役に立つ情報と思います。今後ともよろしくお願い申し上げます!

証言 25: 2016/12/03
ハンドルネーム
けも
年齢 性別 職業 居住地
19歳 男性 大学生 東京都
表題
若者のふんどし事情
本文

私の年代の人達でふんどしを締めている人はほとんどいません。個人的には絶滅寸前だと感じています。そんなふんどし絶滅危惧種の私から今どきのふんどし事情、特にふんどしの性事情について書こうと思います。

まず日常的な面ですが、まず学校には締めて行けませんね。笑い者にされてイジメられるのがオチですから。それに銭湯などに行くのもふんどしでは躊躇います。1回だけふんどしで行ったのですが凄い変な目や白い目で見られて辛かったのを覚えています。私がよく感じるのは、世間はふんどしについて冷たいということです。若いのにふんどし!?変なの!!みたいな風潮がどうしてもあるんですよね。もっと若い人達にふんどしが普及、もしくは理解を得られたら、私も堂々とふんどし締められるんですけどね。

ここからは性事情について書こうと思います。まず、今のふんどしには貞操ふんどしというものがあります。越中ふんどしなのですが、お尻の部分にコンドームを入れるポケットがあるんです。

私は大学でテニスサークルに入っているのですが、練習の時にこの貞操ふんどしを締め、練習後にはセックスOKな女の子を1人見つけ、ホテルや家へ向かいます。そこでシャワーを浴び、女の子の前にふんどし一丁で出るわけなんですが、ほとんどの女の子がふんどしを見ても気持ち悪がったりせず、「ふんどし?カッコイイね!」や「可愛いね!」など、肯定的な意見をくれます。最初は私も驚きましたが、恐らく女性の間でふんどしがブームになってたりといった事情から、理解を得られたのかと思いました。その後はそのままベッドに入り、前戯を済ませたら前袋からちんこを出し、コンドームポケットからコンドームを取り出し装着、前袋からちんこを出した状態で、ふんどしを締めたままそのまま挿入します。射精後は後戯を済ませ、そのままふんどし一丁で寝る、というのがいつもの流れです。

また、越中ふんどしは前垂れが横にズレた状態で勃起すると丸分かりです。なので、セックスする気は無くても私はいつも貞操ふんどし一丁で寝ているのですが、不意に勃起してしまった時、それを見た女の子が急にその気になることがあります。そういった急なチャンスの時にお尻のポケットからコンドームを出してすぐ行為に及べるので、貞操ふんどしはとても優秀です。

今の若者、少なくとも私のふんどし性事情、いかがだったでしょうか。御年配の方もふんどしを締めたままでセックスをしていたりしていたのですかね?ふんどしに囲まれていた御年配のふんどし性事情は若者からしたらとても興味をそそられます。

まだ大学生ということもあり、ド下ネタで申し訳ないです。ただ、私の書き込みから今のふんどし事情はこうなのかと感じてくだされば幸いです。ここまで見てくださってくれた方がいらっしゃれば、ありがとうございました。

運営者より
けもさんこんにちは。若者からの目線で,現代の若者のふんどし事情について,特に性事情の観点から率直に書いていただき,ありがとうございます(ご本人の承諾を得て,趣旨を変えない範囲で編集を加えさせていただきました。)。「貞操ふんどし」とは初耳でしたが,サイトにアクセスすると確かにそういうものが販売されていました。ただ,「貞操」の本来の意味は,性的純潔を守るということなので,意味を取り違えているようにも思えました(笑)。ふんどしを締めたまま性交渉にに臨まれる方は,いらっしゃると思いますよ。今後ともよろしくお願い申し上げます!

証言 26: 2017/01/15
ハンドルネーム
海好き
年齢 性別 職業 居住地
43歳 男性 運転士 神奈川県
表題
海水浴
本文

海水浴は、六尺ふんどし、黒猫ふんどし締めています。

意外にふんどしは、好評なんです。若い男性からは、「ふんどし格好いいっすね!俺も締めてみたい!」予備の六尺ふんどし持っていたので、締めてあげて一緒に海水浴。「泳ぎやすいっす!」締め方も教えておきました。

若い女性グループから、「ふんどしって1枚の布から出来てるんですか?ガタイいいし日焼けしてるんで、似合ってますよ。」外人さん夫婦から、「日本のふんどし、初めて締めてる人見ました!写真いいですか?」スパ銭湯では、小学生があっ!ふんどしだ!格好いい!」すると父親が、「ふんどしは、滅多に見れないぞ。」「ふんどしを、見せていただいてありがとうございました。子供に日本の伝統を、教える良い機会になりました。」等、多数の声かけがあります。

ふんどしは、お尻丸見えで恥ずかしいかもしれませんが、堂々としていれば、ぜんぜん大丈夫。海水浴場で、昼食休憩時、海の家でもふんどしですが、まったく問題なし。

私が初めてふんどし締めたのは、小学生の臨海学校の時です。海から寮に戻ると、寮母さんがふんどし洗濯してくれて、洗濯場で風になびいて夏の風物詩でしたよ。

学生時代、水泳選手で寒中水泳もふんどしでした。

若い人にもふんどしが、見直されているのが、よくわかりましたね。下着、水着にふんどしを、是非おすすめします。

運営者より
海好きさん,はじめまして。小学校の臨海学校の時にはじめてふんどしを締められたのですね。それがきっかけで,海水浴でふんどしを締めるようになったのでしょうか。若い世代にふんどしが見直されているのは嬉しいですね。ふんどし姿に多くの声かけがあるとのことですが,私の場合は,スーパー銭湯でふんどし姿になっても,周りは全く無反応です。越中より六尺の方が見た目がかっこいいのと,ふんどしが海好きさんに良く似合っているせいかも知れませんね。

証言 27: 2017/01/21
ハンドルネーム
海どじょう
年齢 性別 職業 居住地
65歳 男性 年金生活者(兼団体職員) 山口県
表題
褌の自分史12(中学1年の水泳訓練 (6) )
本文

いつも昔話が長い、海どじょうです。中学1年時の水泳訓練の話は、これが最後です。

4回目の水泳訓練は、フリチンで点呼を受けた男子が13人出た前回の水泳訓練から1日おいた、水曜日の3,4時限目に行われました。この日も晴れ時々曇りの天候だったので、いつも屋上で赤褌を締める六尺組を中心としたB組とD組の15人は、2時限目が終わるとすぐに屋上に上がり、素っ裸になって赤六尺褌を締め始めました。

常連の15人が素っ裸になったとき、前回の水泳訓練後に「六尺締め方訓練」の特訓を受けさせられた級友6人も、赤褌とタオルを包んだビニール風呂敷を持って屋上に上がってきました。彼らは、私たち常連15人が素っ裸になって赤褌を締めようとしているのを見て、ちょっと迷ったようでしたが、すぐに僕たちの傍らに来ると、迷わず素っ裸になって赤褌を締め始めました。

一昨日の「六尺締め方訓練」の際に、私が指導補助員として付いた、赤帽組でただ一人褌に名前を書いていた同級生もいたので、私は、彼が赤褌を締めていくのをそれとなく見ていましたが、前回の特訓の時にT先生から注意された要所要所では力を入れて慎重に締め込んでいるので、これなら大丈夫だと思いました。彼は、赤褌を締め終わると、私に点検してくれるように求めてきたので、要所を引っ張ったり触ったりして確認してみたところ、十分固く締めてあったので、「これなら絶対に大丈夫だよ。」と告げると、嬉しそうに頷いてくれました。

屋上の反対側の入り口付近を見ると、そこで褌を締めているA 組とC組のグループにも、一昨日の「六尺締め方訓練」を受けさせられた子達が加わって、人数が増えていました。屋上で赤褌を締めた者が大幅に増えて、総勢40人近くになったので、全員一緒に体育館に行くことにしました。体育館に行ってみると、私たち屋上で着替えた男子グループが一番乗りでした。

体育館の入り口で待っていらした初級者区画主任教官のT先生は、屋上で着替えた集団の顔をざっと見回してから、

「六尺組だけでなく、一昨日放課後に『六尺締め方訓練』を受けさせた者も全員いるな。六尺組と一緒に着替えたのなら、この前のフリチン点呼組も、フンドシはきちんと締めてあるだろう。この前のフリチン点呼組の13人は、自分のフンドシの締め込みに自信はあるな。大丈夫だな。」

と、問いかけられました。

前回のフリチン点呼組13人は、一応全員揃って、「はい、大丈夫です。」と答えはしましたが、表情はどこか不安そうでした。するとC組の六尺組最右翼のIw君が、T先生に向かって、

「先生、僕たち六尺組が一人一人点検しました。この13人のフンドシの締め込みは十分しっかりしています。大丈夫です。」

と、半ばフリチン点呼組13人を励ますように言い添えました。

これを聞いたT先生は、かるく苦笑しながら、

「Iwがそう言うのならば、大丈夫だろう。よし、お前たちは、体育館に入って整列して待っておれ。」

と、そこにいる40人近くの男子に指示されました。

女子生徒が半数以上体育館にやってきてた段階で、教室で褌を締めているはずの約半数の男子生徒はまだパラパラとしか体育館にやってこないので、とうとう業を煮やした訓練主任教官のM先生とI先生が、1年A組とB組の教室に督促に赴かれました。

3時限目が始まるチャイムが鳴る直前に、M先生とI先生に急き立てられるようにして残りの男子生徒20人くらいが、体育館に駆け込んで来ました。体育主任のH先生は、一応休み時間が終わるまでに全1年生が揃ったので、特に何も言われずに、人員確認の点呼が済むと、すぐに水泳体操を開始されました。

約8分間の結構厳しい水泳体操が終わったところで、目の届く範囲の男子生徒のフンドシの様子を見ると、六尺組以外の者は訓練2日目と同様に結構きつく褌を締めこんでいるようでした。ただ、褌の後縦ミツをきつく締めたために、後ろ縦ミツの内側に指を突っ込んで緩めようとしている者が相当数見受けられました。プールサイドに移動する前にH先生から、

「今日は水泳訓練の最終日だ。皆が、この4日間にどのくらい泳げるようになったかを確認するために、今日の訓練では1コマ目と2コマ目を15分ずつとして、今までどおりの練習を行い、3コマ目を20分とって泳力の最終確認テストを行うことにする。最後の泳力確認テストでは少しでも長く泳げるように、全員しっかり練習しておいてくれ。」

との説明がありました。

プールに入って15分泳ぎ、訓練の1コマ目が終わると、休憩時間には男子全員がプールに尻を向けて、六尺褌をいったん解いてから、きちんと一から締め直しました。一昨日の訓練の最後に水中で褌が解けた13人が、フリチンで最終点呼を受けさせられたのを目の前で見た後なので、とかく素っ裸になって褌を締めなおすのを躊躇しがちだった初心者区画の男子も、真剣に褌の締め直しに取り組んでいました。

初級者区画の男子が一通り褌を締め直し終わると、指導教官のT先生とHr先生が、ざっと全員の締め込み具合を点検して回られましたが、私とMk君が手伝って再度締め直さなくていけないほど締め込みが甘い者はいませんでした。

初級者区画男子全員の褌が、一応満足できる水準で締め直されていることを確認されたT先生は、

「よし、全員このくらいしっかりフンドシが締めこんであれば、最後の泳力確認テストまで、泳いでいる途中でフンドシが外れてしまうほど緩むことはあるまい。しかし、念には念を入れよだ。次の一コマの練習が終わったところで、自分のフンドシが少しでも緩んでいると思う者は、休憩時間に増し締めするなり一から締めなおすようにしろ。そのときには、特にわしとHr先生に申告する必要はない。これは、お前たちの自覚の問題だからな。ただし、最後の泳力確認テストの途中でフンドシが解けて外れたものは、いくら沢山泳げても、水泳の点数は零点にするからな。」

と、きつく指示されました。

2コマ目の訓練が終わって、全員がプールサイドに上がったところで、初級者区画の男子全員が後ミツの巻き付けを大きく緩めて、がっちりと増し締めをし、前袋も一杯に広げて形を整えていました。私が上級や中級の区画にも目をやると、こちらでも男子全員が褌の増し締めをして準備を整えていました。

水泳訓練最後の1コマ20分間に行われた泳力確認の内容は、初級者区画では区画全体を2等分したうえで、体育館側のスタート台近くの半分では、初日は全く泳げなかった赤帽女子(30人強)がどこまで泳げるようになったか、深い側の半分では、一応泳げる赤帽男子と女子は足を着かずにプール短辺を往復できるか、初級者白帽男子と女子はプール短辺を2往復出来るようになったかの確認でした。

まず白帽男女が先に泳ぎましたが、六尺組の私とMk君は、一昨日放課後の「フリチン点呼組六尺締め方訓練」を手伝った時に、短辺2往復を4,5回泳がされたのが特訓になったのか、幸い二人揃って無事2往復することが出来ました。初級者白帽組の半数以上は、プール短辺2往復を達成して、白帽の周囲に赤線を1本縫い付けることと、来年の訓練では中級者区画での泳力確認に参加しても良いことを認定されました。

次に泳いだ一応泳げるレベルの赤帽組男女は、全員どうにか足を着かずにプール短辺を往復して、白帽に昇格することを認められました。力任せに必死で泳いで、とにかくプール短辺を往復した赤帽組男子の褌は、さすがに前袋の幅が狭くなっていましたが、それでも前屈みになって前袋が少し弛んでも、前回の訓練のように脇からチンコと金玉が丸見えになるほどではありませんでした。また、全員水から上がったあと一息つくと、前袋を広げて形を整えるようになっていました。

訓練初日は全く泳げなかった赤帽女子も、全員少なくとも犬掻きで5mくらいは泳げるようになっていて、最も上達したグループはプール短辺を足を着かずにどうにか泳ぎ切れるレベルになっているとのことでした。

4日目の訓練が終わり、人員確認の点呼が済んだ後、女子を先に体育館に戻されてから、体育主任教官のH先生は、男子生徒全員に向かって、

「3回目の訓練では、最後の1コマの遊泳中に六尺が解けて外れてしまい、人員確認点呼をフリチンで受ける者が13人も出て、こんなことでは4回目はどうなることかと心配していた。しかし、今日の泳力確認テストでは、全員力一杯泳いだにもかかわらず、多少六尺が緩んで中身が見えかけた者が出てはいたが、試験中に六尺が解けて外れてしまう者は一人もいなかった。2回目の休憩時間に、全員自主的に六尺を増し締めしていたし、訓練最終日には男子全員六尺をキチンと締める心構えが出来ていることがわかって、先生も安心した。

いいか、附中健児の水着は、あくまでこの赤の六尺だ。来年夏の水泳訓練でも、男子はこの赤の六尺だけで泳がせるから、今年の夏は、全員出来るだけこの赤六尺だけで泳いで、締め方を忘れないようにしておいてくれ。泳力確認では、全員しっかり頑張って、初日に比べれば、泳げる距離が延び、泳ぎの形もよくなっていた。他の先生方も、全員よく頑張ってくれたと誉めていらしたぞ。先生からも、改めて 良くやった! と誉めておこう。これで今年の水泳訓練は終わりだ。さあ、体育館に戻れ。」

と、いつもと違った穏やかな顔でおっしゃいました。

H先生からはこのように指導されたものの、夏休み中実際に赤褌一本で泳いでいたのは、六尺組の大多数と、上級者区画でM先生に厳しくしごかれて、褌で泳ぐことの実用性を実感したわずかの者だけだったようで、多くの者は海水浴や川遊びの時は、赤褌は締めずに水泳パンツを穿いて泳いでいたようです。

ですから、赤褌の上に黒ナイロンの競泳パンツを穿くことが許されるようになった翌年夏の水泳訓練では、7割以上の者が水泳パンツを着用するようになり、本来の指定水着である赤六尺褌一本で水泳訓練を受ける者は、男子全体の3割に満たなくなってしまいました。

2年生の時の水泳訓練と、夏休みにテストケースとして行われた臨海水泳訓練のお話は、また改めて書いていきたいと思っています。

運営者より
海どじょうさん,こんにちは。いつも楽しい,また大変貴重な証言をどうもありがとうございます。今回で中学1年生時の水泳褌事情は最終回ということですが,昭和30年代後半のとある附属中学校で,このように褌の締め方が教育されていたということは,褌の歴史を振り返るうえできわめて重要な証言だと思います。続きは中学2年生時の水泳訓練のお話ということで,楽しみにしております。今後ともよろしくお願いします!

証言 28: 2016/02/03
ハンドルネーム
海どじょう
年齢 性別 職業 居住地
65歳 男性 年金生活者(兼団体職員) 山口県
表題
褌の自分史13 (中学2年の水泳訓練の開始前)
本文

昔話専門の海どじょうです。今回から、中学2年生の時の水泳訓練のお話です。

私の通った国立大学の附属中学校では、3年ごとに、3年間全くクラス替えもしなければ、学級担任の教官も変わらないという実験をする期があったようです。私の属した期がまさしくこれで、2年生になったときもクラス替えはなく、担任も数学のT先生のままでした。ただ、男子生徒のTn君が、政党幹部の父親が代々木の本部に転勤になったことに伴い、東京の公立中学校に転出していって、その後に某国営企業支所長の息子であるYd君が、東京の有名国立大学の附属中学校から転入して来ました。

転入生のYd君は、背の高い都会的なハンサムボーイでした。身体測定でパンツ一枚になったとき見ると、全身がちょっと浅黒くてがっちりした体格で、姿勢が非常に良くて、当時田舎では、男女とも背の高い子は大抵猫背になっている中で、ひときわ目立っていました。Yd君はなかなかのスポーツマンで、東京の中学校では水泳部だったとのことですが、我が附中には水泳部がなかったので、転入してくるとすぐに陸上部に入って、当時田舎では珍しかったロゴ入りの紺のランニングシャツに赤側線入りの白ランニングパンツという出で立ちで、毎日グラウンドで短距離走の練習をしていました。

附属中学校の裏にある大学の50mプールでは、冬の間に何か工事が行われて、市道側の体育館に近いところに小さなコンクリートブロック建ての小屋が出来、入り口の足洗い場の上には、シャワーの吹き出し口のようなものがいくつも取り付けられていました。

6月初めに、プールの掃除を任された私たちC・D組の六尺組を中心にした14人は、プール掃除の後でこのシャワーの「初浴び」を体験しましたが、吹き出し口の数に比べて水道の水圧が低いためか、シャワーを浴びただけでは、体に着いた汚れがほとんど取れませんでした。結局再び空になったプールの中に戻って、掃除に使った消火栓のホースから盛大に水を掛けてもらい、その水圧と水量で体と赤六尺褌を洗うしかありませんでした。この結果を見たH先生は、「うーむ、これでは折角シャワーが設置されても、プールの水を汚さない役には立ちそうにないな。」と、つぶやいていらっしゃいました。

2年生の6月半ば、保健体育の座学授業が終わると、体育主任のH先生が私たちC・D組男子に向かって、

「少し早いが、今年の水泳訓練について、少し話しておく。今年の水泳訓練も、昨年と同じように本校裏の大学のプールを借りて、7月の期末試験が済んでから1週間で、集中的に行う予定だ。さて、ここからは先生としては非常に残念だが、赤六尺だけで泳ぐのが嫌な者にとっては、嬉しいお知らせだ。

今年度から、2年生も『水泳パンツ着用許可願』を体育教官に提出すれば、水泳訓練の時、指定水着の赤六尺の上に黒ナイロンの競泳用パンツを穿くことを、原則として認めることになった。父兄から、『今時、赤褌だけで水泳訓練をするのは、時代錯誤だ。』という声が多くなって、直接大学に文句を言って行く父兄も出て来たので、やむを得ん。去年の秋に、プールの水を機械的に浄化する装置が設置されたし、この春にはプールの入り口にシャワーも付いたから、大学も水の汚れを前ほどは言わなくなって、とうとう押し切られてしまった。水泳指導の主任教官を務める他の先生方も不本意なのだが、やむを得ん。実に残念だ。

今から、『水泳パンツ着用許可願』の用紙を前列から後に回してもらう。この用紙に自分の名前と父兄の名前を書いて、父兄の承諾印も押してもらってから、今週の土曜日朝までに各クラスの体育係に提出してくれ。体育係は、この許可願が集まったら、土曜日の放課後に先生のところに持ってきてくれ。ただし、自分は、今年も赤六尺だけで水泳訓練を受けようという勇気のある者は、用紙を取らずに後に回してくれ。最後尾の者は、用紙が残っていれば先生のところに返しに来てくれ。」

と、少し残念そうにおっしゃいました。

『水泳パンツ着用許可願』の用紙が各列の最後尾まで回ると、かなりの枚数がH先生の手元に戻ってきました。戻ってきた用紙の枚数を見て、H先生は少し顔をほころばせると、

「うむ、思ったより沢山用紙が戻ってきたな。A ・B組で配ったときより、戻ってきた枚数がかなり多いぞ。今この用紙を取らなかった者、今年の水泳訓練でも、赤六尺一本で泳ごうという勇気のある者は、ちょっと手を挙げてみてくれ。」

と、問いかけられました。

H先生の問いかけに応じて手を挙げたのは、六尺組の11人と、東京の「フンドシ学校」から転校してきたYd君、それに去年の水泳訓練では上級男子中で首位だった水泳上手のMn君、それに初級白帽組の2人で、全部で15人でした。 C・D組男子の1/3が手を挙げたので、H先生は、

「そうか、C・D組男子は、1/3が赤六尺だけで水泳訓練を受けてくれるか。このクラスは元気者が多いな。まだまだ附中健児は健在で、先生は少し安心したぞ。これなら、今年の夏に予定している臨海水泳訓練も参加者が見込めそうだから、これから少しその話をしよう。今年は学期末の水泳訓練のほかに、テストケースとして2年生の希望者限定だが、夏休みの前半に4泊5日で、瀬戸内海の海水浴場に行って、臨海水泳訓練を行うことを計画している。これは、去年の夏休みに、秋吉台で行った1年生全員参加の集団宿泊訓練とは違って、参加者の泳ぐ力を強化することを目的とした、水泳に絞っての宿泊訓練だ。

水泳訓練が目的だから、毎日午前3時間、午後4時間の計7時間は、みっちり泳がせるぞ。また、プールではなくて海での、しかも長時間の訓練だから、安全確保のためにも、男子は本来の指定水着である赤六尺だけで泳がせるし、女子も腰の周りに帯を巻かせるつもりだからな。」

とおっしゃいました。

臨海水泳訓練の詳しい説明は、6月末の保健体育講義の時に、プリントにして申込書と一緒に渡してから行うと言うことで、H先生は話を打ち切られ、授業も終わりになりました。

この日、家で夕食の時、両親と祖母にこの臨海水泳訓練の話をすると、父は、

「テストケースの水泳訓練としては、4泊5日とは思い切ったな。まぁ、そのくらいやらないと水泳の腕は上がらないだろうから、順当なところかな。父さんが、広島の小学校や中学校で受けた臨海水泳訓練も、そのくらいの日程だったような気がするぞ。兄ちゃんは、是非訓練に参加して、しっかり鍛えてもらえよ。」

と、私が参加することには大乗り気な様子で、祖母も一緒になって訓練への参加を勧めてくれました。

ところが、準公的病院の勤務医でハイカラさんだった母は、私が赤褌だけで泳ぐのを嫌っていたので、この臨海水泳訓練のことには全く触れずに、

「お兄ちゃん、今年から2年生も、水泳訓練の時、赤フンドシの上に黒の競泳パンツを穿いていいことになったはずですよね。昨日病院に来た、患者のA組の子が、教えてくれたわ。さあ、『水泳パンツ着用許可願』の用紙を出しなさい。すぐにお父さんの名前を書いて、印判も押してあげます。」

と、強い口調で言いました。

母が、こんなに早く『水泳パンツ着用許可願』のことを聞きつけるとは思っていなかったので、私はかなり慌てましたが、

「僕は水泳パンツを穿くと泳ぎにくいから、今年の水泳訓練も赤フンドシだけで受けるつもりだよ。C・D組男子の1/3は、赤フンドシだけで水泳訓練を受けると言っているし、臨海水泳訓練の時は、男は全員赤フンドシしか許されないんだから、水泳パンツなんかいらないよ。」

と、とにかく反論してみました。

私の反論を聞いた母は、いつも買い物に持って行く大きな布袋の中から、附中指定のSスポーツ店が使う紙袋を取り出しました。袋の中から黒ナイロンの競泳パンツを取り出した母は、

「昨日の夕方、患者の附中A組の子が、水泳パンツ着用許可のことを教えてくれたから、すぐにSスポーツ店に電話して、附中の男の子が買っていく黒ナイロンの競泳パンツを、今日のお昼休みに病院に持ってきてもらいました。さあ、今年の水泳訓練では、この競泳パンツを穿いて泳ぎなさい。今の時代に、あんな細い赤フンドシ一本で、男の大事なところをどうにか隠しただけで泳ぐなんて、野蛮で時代遅れです。水泳訓練では、プールであろうが海であろうが、必ずこの水泳パンツを穿きなさい。明日、体育教官のH先生から、『水泳パンツ着用許可願』を必ずもらってくるのですよ。お兄ちゃんが用紙を持って帰らないのなら、私が附中に用紙を取りに行きますからね。」

と、すごい剣幕で私に命令しました。

母がこういう態度を取るときは、誰が何と言っても決して考えを変えないし、本当に『水泳パンツ着用許可願』の用紙を附中に取りに来られては大変なので、私は慌てて、

「お母さん、明日必ず用紙をもらってきます。」

と返事をしました。

母が夕食後の洗い物をするために台所に立つと、父が私に向かって小声で、

「兄ちゃん、親孝行だと思って母さんの言うとおりにしてやれ。母さんが、附中の水泳訓練をいちいち監視しに行くわけじゃない。体育主任のH先生に事情を話して、許可願だけ出しておいて、訓練の時、兄ちゃんは、赤フンドシだけで泳げばいいのだ。小学生の時と同じだ。いつも川への行き帰りの時だけ、白フンドシの上に木綿の水泳パンツを穿いていて、川で水遊びするときは白フンドシ一本でいたのだろう。父さんも、K(1歳年下の弟で、一緒に水遊びをしていた。)から聞いているぞ。それと同じようにすればいいのだ。」

と、知恵を授けてくれました。

翌日、体育主任のH先生のところに『水泳パンツ着用許可願』の用紙をもらい行くと、先生はちょっとがっかりした顔をされましたが、私が前夜の出来事を事細かに話すと、大笑されてから、

「Sb、親孝行は大切だ。嘘も方便と言うこともあるし、君のお母さんがそれで満足されるのなら、この許可願を書いてもらって、明日D組の体育係に提出しておけ。Sbが、今年も赤六尺だけで水泳訓練を受ける決意であることはよくわかっている。君がそれを実行してくれさえすれば、先生は満足だ。何も言うことはない。」

とおっしゃて、『水泳パンツ着用許可願』の用紙を渡して下さいました。

その日の夜、母に『水泳パンツ着用許可願』渡すと、早速すべての項目を記入して、祖父の代から使われている家長用の認め印を押し、わざわざ封筒に入れてH先生宛の表書きまでして、必ず提出するように繰り返して念を押して、私の学生鞄に入れました。母ならこういう時は、私が本当に『水泳パンツ着用許可願』を提出したかどうかを、H先生に電話で問い合わせかねないので、翌日すぐにH先生のところに封筒入りの許可願を持って行くと、先生はまた笑いながら受け取って下さいました。

当時は、生活改良運動が花盛りの頃で、日常生活を出来るだけ欧米化することが良いことだとされていたので、高等教育を受けた母親ほど、地域トップ校の附中に通っている自分の息子が、未だに赤褌一本で泳がされることは、野蛮で時代遅れだと考えていて、結構学校に文句を言って来たようです。

肝心の水泳訓練の状況は、次回以降に書くことにしたいと思います。

運営者より
海どじょうさん,こんにちは。今回からは,中学2年生の時のお話ですね。いつも楽しいお話をどうもありがとうございます。水泳の際の赤ふんどし着用をめぐってのお母様との確執,お父様の入れ知恵,昔気質の先生のおおらかさ,など,読んでいて大変微笑ましく思いました。続きが楽しみです。今後ともよろしくお願いします!

証言 29: 2017/02/04
ハンドルネーム
けも
年齢 性別 職業 居住地
19歳 男性 大学生 東京都
表題
若者のふんどし事情 (2)
本文

某SNSで出会った同年代の越中褌常用者のA氏から、色々な話が聞けたので書こうと思います。

私とは違い、彼は温泉などにも越中褌をしていくそうです。基本的には注目の的となり、凄い見られるそうです。越中褌一丁で髪を乾かしていると、年輩のおじさんから「その歳で越中か!若いのに良いねぇ!」と言われたような事もあり、年輩の方からは非常に肯定的で、可愛がってもらえるそうです。その後食事を奢ってもらえた事もあったそうな。ですが、30代くらい以下からはあまり良いようには見てもらえず、「うわぁ…」みたいな反応をされたり、鼻で笑われたりもされたそうです。やはり、あまり若年層には褌は浸透してないなあと肌で実感したそうです。また、彼は寒中禊にも参加した経験があるそうで、1人でテキパキ越中褌を締めたことに周囲から驚かれたそうです。ただ、若年層が全くおらず、寂しい思いをしたそうで、もうあまり行きたくないそうです。

ここからは性事情なのですが、今年の夏、彼が台風の日に大切な用事で仕方なく大学に行った際、傘が強風で壊れてびしょ濡れになり、案の定電車が止まって帰れず困った時、大学のすぐ近くに住んでいる女友達に助けを求め、彼女の家に泊めさせてもらったそうです。彼女の好意でパンツ以外乾燥機で乾燥させてもらうことになったのですが、その時彼は越中褌をしていて、「気持ち悪いって言われたり、嫌われたらどうしよう」と不安になりながらズボンを脱ぎ、褌の説明をしたら「褌?男らしいじゃない!ちょっと見てもいい?」と言われ、前垂れをめくられたり、興味津々な様子だったらしいです。その時彼は「褌って思ってたより理解を得られる」と感じたそうです。その日の夜、1つしかないベッドで一緒に寝る事になり彼は大興奮。そして、褌に興味津々な彼女がたまたま前垂れがめくれて見えた前袋が、勃起で膨らんでいて、そういう気持ちになり、前袋の横からペニスを出し、たまたま持ってたコンドームを装着し、行為に及んだそうです。その経験から、彼は越中褌はそういう雰囲気やきっかけを作るのに適していると感じたそうです。

それ以来、女の子が理解を得てくれると感じた彼は、私同様セックス時に褌をしたまま行為を行う派になり、前記事でも紹介した貞操褌を購入し、安全に楽しく性生活を送ってるそうです。やはり、ふとした時に前袋を見られた時や、朝起きた時に褌が解れた状態を見られた時など、褌ならではの出来事に、その気になる女の子は少なくないようです。そして、サービス精神豊富な子は一緒に風呂に入った時に締めてた越中を手洗いしてくれたり、体を拭いてる間に新しい越中を締めてくれたり、パンツではできない褌を通したコミュニケーションができて楽しく性生活を送ってます。また、彼の話によると、射精後にコンドームの処理をしていると、女の子が前垂れで股を拭いたり、汚れた彼のペニスを前垂れで拭き取ってくれた事があったそうです。そんな使い方があるんだな、と2人で頷きました。

褌は色々な意味で良いコミュニケーションがとれる下着だと思います。今晩も女の子の家に行くので、もう一つ越中を持っていき、彼女に締めてもらって良さを実感してもらいつつ、褌を通してコミュニケーションが取れれば、と思います。また、体のコミュニケーションはちゃんとゴムを着けて、安全に、楽しく、お互い気持ちよくを心がけていきたいと思います。

運営者より
けもさんこんにちは。同年代の褌愛好者が見つかって良かったですね。若い世代に褌愛好者が増えてきているようで,とても心強いです。私も褌でスーパー銭湯などに行きますが,年配の人からも若い人からも,特に注目されることはないです(笑)。Aさんのエピソードも楽しく読みました。けもさんたち世代の女性が褌を快く受け入れてくれたということに,とても心強い思いがします。褌は良いコミュニケ―ションが取れる下着であるというご指摘はその通りだと思います。ぜひまた楽しい褌生活のお話をお聞かせください。今後ともよろしくお願いします!


証言 30: 2017/02/12
ハンドルネーム
けも
年齢 性別 職業 居住地
19歳 男性 大学生 東京都
表題
私及びSNSで知り合った若者の今時の褌初体験した時のことについて
本文

私の場合

ネットで越中褌のことを知り、その機能性やエロさに惹かれて欲しくなり、ユザワヤで晒を購入し、簡単に紐を取り付けた簡易的な越中褌を作って締めた。当日まだ15歳だったので、締め心地と気持ちよさと興奮により、はちきれんばかりに勃起、最終的に前袋に擦れただけで中に射精してしまった。あまりの興奮にその後も萎えること無く、越中褌一丁でオナニーをし、2回も射精した。事を終えると慣れない手つきで越中褌を洗って干し、ちゃんとした越中褌を購入するまではよく締めていた。今は締めてはないが大事に保存している。

A氏の場合

彼が17歳の時、たまたまネットで見かけた越中褌の男性にエロさを感じ興味を持つ。百貨店で売っているという情報を元に白越中を購入。締めた時の気持ちよさに衝撃を受けたそう、もちろん勃起もしてしまったので、鏡の前に立ち、自分の越中褌姿を見ながら仁王立ちでオナニーをしたそう。今でもその越中は現役らしい

D氏の場合

彼が18歳の時、当日付き合っていた彼女と百貨店で肌着を見ていた時に、たまたま越中褌を見つけ、彼女が冗談半分で「履いたら?」と言ってきたのでその場のノリで購入したそう。その日は彼女の家に泊まる予定だったので、彼女の家に向かい、一段落したところで越中褌を取り出した。着け方が分からなかったので2人でネットで調べ、その場で裸になり締めたそう。これが案外楽で気持ちよく、その時にハマってしまったらしい。彼女も彼の越中褌姿に興奮したのか、前袋を突然撫で始め、彼が抵抗しないのを確認すると、前袋に手を入れてきて、ペニスを手淫し始めたそうです。彼はそのまま彼女に身を委ね、そのまま中でフィニッシュ。精液で汚れたペニスと前袋を綺麗に舐め取ってくれた上に、汚れた越中褌を洗ってくれたそうで、満足感・快楽と申し訳なさから複雑な気持ちだったそうです。なので当時の事をよく覚えてるんだとか。

他にも色々聞きましたが、基本的には機能性やエロさから越中褌に興味を持ち、買ったり作ったりしたのでデビュー。初めて越中褌を締めた時は興奮からそのままオナニーする子が大半という結果に。

運営者より
けもさんこんにちは。今時の若者の褌初体験事情についてレポートしていただき,どうもありがとうございます。ご自身でもまとめておられますが,褌の機能性やセクシーな点に魅せられて愛用するようになるというのは興味深いですね。興奮して勃起,オナニーに至るというのも,若者ならではのところがあるのかも知れません。D氏のように,彼女に勧められて褌を体験,というパターンは今後増えそうです。ぜひまた楽しいお話をお聞かせください。今後ともよろしくお願いします!


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